アンドロイド白石と一氏


be loved







 声の聞こえた庭に面した窓に着くと、そこに目当ての人はおった。腕に白っぽい毛玉を抱いとる。認識できず、首を傾げる。
「この子、飼ってもええやろ?」
 ユウジが毛玉を見せつけるように腕を前に出せば、そん正体は毛足の長い、ふくふくとした子猫やった。土で汚れて、ところどころ茶色くなっとる。しかも、左前脚に怪我をしとるようや。
「私はユウジの指示に従うまでです」
「ほんなら、この子はウチの子や!」
 ユウジは嬉しそうに子猫をぎゅっと抱きしめる。子猫も嬉しいのか、甘えるように喉を鳴らせた。
「ただし、旦那様の許可はいただきませんと」
「えー!嫌やぁ!お父ちゃん話長いんやもん!」
「その間にその猫を洗って、脚も治療して差し上げますよ」
「むぅー」
 渋々ながら交渉成立や。ユウジは唇を尖らせ、拗ねた顔で通信機のある部屋へ向かう。その後を付いていって、入り口で子猫を受け取った。
 温めの湯を張ったタライに、ゆっくり子猫の体をつける。泡立てたスポンジで、体をこすってやる。子猫は大人しい。猫って湯が嫌いなんと違うの。大人しいっちゅうより、クールっちゅう感じや。あっち向いて澄まし顔。汚れが落ちたところで、タオルで水気を取る。ふさふさの毛は水を吸ってべったりしとる。子猫の本体は、乾いとるときの見た目より一回りも二回りも小さいみたいや。ドライヤーで乾かす間も、大人しく、扱い易い。そう思ったんも束の間、ある程度乾いたところでもう大丈夫やと自分で判断したようで、また素っ気ない態度で俺から離れる。今日はいい天気やから、子猫は日差しの注ぐ窓辺で丸まってしもた。途端に手持ち無沙汰や。ドライヤーやタライを片付けて、タオルはリネン室に持ってく。それでもまだユウジは来えへん。大喜びの旦那様に捕まっとるんやろう。まだ時間がありそうや。そういえばと思って、広げっぱなしにしとったサイズの合わなかったユウジの服を畳み始めた。

 引き出しに無駄なくきっちり詰めて、すべてを衣装部屋に仕舞った頃、ようやっとユウジの旦那様宛ての通信は終わった。ホンマに長いんやからと、文句を垂れつつも、達成感から顔は明るい。
 ユウジが部屋の扉を開けたときから、即座に子猫は反応して、パッと起き上がるとユウジの元に走る。

 ユウジが抱え上げると嬉しそうに喉を鳴らした。
「猫が猫かぶり…」
「何、シャレ言うとんの」
 思わず漏らすと、ユウジが不審そうな目を俺に向けた。腕の中の子猫は、上を向いたヒゲに優越感を滲ませとった。

「お父ちゃんな、可愛がりやって言うとったわ。これでホンマに今日からウチの子やで、エクスタちゃん」
 おかしな単語を聞き取る。接尾語から察するに、それは子猫の名前なんやろう。
「エクスタと名付けたのですか?」
「せや。なぁ、エクスタちゃん」
 ユウジが頭を撫でると、答えるように甘く鳴いた。
「どんな由来で名付けたのですか?」
 不思議な単語や。完全一致する単語はあらへん。
「蔵の腕に、『Kuranosuke 410ex-t』って書いてあるやんか。そっからとったんや」
俺の腕には型番が入っとる。ex-tと言うのは、特別仕様を表すための文字や。まさか、 自分が子猫の名前の由来になっているとは想定せえへん。
 雰囲気を感じ取ったんか、上機嫌そうやったエクスタのヒゲが下がる。この猫、めっちゃ頭がええみたい。
「あ、なぁエクスタちゃんの腕に包帯巻いたげようや」
 体を洗ったときに見たら傷は浅く、化膿しとるようでもあらへんかった。エクスタも痛がってへんかったから、そんまま清潔にしとればええと思ったんやけど、ユウジは何や企んどるみやたいや。
「そしたら、蔵とお揃いやん。かわええやろ?」
 俺の左手首には、ユウジがまだ小さい頃にできた傷がある。皮膚の素材が切れて、中の機械がむき出しの状態になっとる。ホンマは、当時すぐに修理に行こうと思ってんけど、修理するには一週間は必要やって言われた。素材や仕上がりの都合上、そこだけ変えることは出来へんから、全身の皮膚が剥がされ、ついでに点検のための検査を含めて、一週間。
『ユウジは俺に任せて、行ってきいや』
 旦那様は頼もしくそうおっしゃったが、当のユウジが泣いて泣いて困った。

 それまでも、月に一度のメンテナンスの際には家を空けとったけど、そんときはユウジは涙目ながらも大人しく見送ってくれたもんや。それが一週間ともなると、我慢が利かんらしい。泣く、喚く、地べたに転がる。旦那様が抱き上げようとすると嫌がり、俺に抱きついてくる。コードやら何やらが剥き出しの腕は、人間にしたら気持ち悪いだろうと思うのに、ユウジは歯牙にもかけてへん。ユウジがそない態度やから、旦那様はすっかり拗ねてしもた。
『ユウジがそう言うんやから、行ったらアカンで!もう二、三日外出んなや!!』
 拗ねるというより、キレるっちゅう表現の方が正しいやろか。ホンマに外に出してもらえへんかった。その間、ずうっとユウジは俺に『なあ、どこにも行かへん?』と聞いてくる。抱えてやりながら、行かないと答えてやると安心して笑う。しかし、すぐに不安になるらしく、また聞いてくる。それ以来、長い外出は鬼門や。
 通信機で博士に聞けば、内部機器自体にも防水加工は施されとるっちゅう話で、要は見た目の問題らしい。俺自体、外見にこだわりはあらへん。俺は、人間の意志に沿う。せやから、包帯で隠しとるっちゅうわけや。

 ユウジが押さえているために、エクスタは暴れへんけど、めっちゃ嫌そうな顔をしている。猫に表情があるのか、と言われるかもしれへんが、エクスタの表情は雄弁や。アンドロイドの俺でも分かるくらいに。
 包帯を巻き終えて、ユウジはご機嫌。エクスタは険悪。せやけど、きっとこの子猫はユウジの寂しさを埋めてくれるやろう。

 唯一の生きる友として。





 数日後、大きな荷物が届いた。送り主は旦那様だ。衣類と書かれとるから、先日話した代わりの服やろう。昔は、一つ一つ丁寧に包装されたまま届けられてたから、家ん中がいちいち散らかってしゃあなかった。ごみは増えるし、資源の無駄。それに全てをいちいち開けるのは時間の無駄や。そのことを旦那様に滔々(とうとう)と説けば、次からはこない大きな箱で、一つにまとめて送ってくるようになった。日進月歩が、人間のええところや。
「なあ、開けてもええ?」
 ユウジがはしゃいだ声を上げる。頷くと、嬉々として箱を開けはじめた。
 蓋を閉じていた粘着テープを音を立てながら剥がし、全てが剥げると頓着せずにそこらに投げよったからすかさず俺が拾った。ちゃんと言って聞かせとるから、いつもはそないことせえへんのに、夢中になると忘れてしまうみたいや。躾も重要な俺の仕事の一つや、後でちゃんと自分で捨てさす。
 箱には色取り取りの服が入っとった。ユウジは目をきらめかせて、その中の一つを両手で広げた。
 途端に、難しい顔をする。
「なんか…あんまりカッコようない…」
 既製服でも上等のモンやけど、目の肥えたユウジには粗末にも見えるんやろう。普段着とるモンはユウジの体のラインにぴったり合わせてある。既製服は誰でも着られるように曖昧なラインになっとるから、不格好や。それに柄も流行りのモンやけど、流行にとらわれすぎて品がない。旦那様が細部まで趣向を凝らし、ユウジ好みに仕上げた服とは雲泥の差がある。
「せっかくの旦那様のご厚意ですから、羽織ってみましょう」
ユウジの持っとるジャケットを受け取り、ユウジに着せつける。
「かゆい…」
 小さく言ってユウジが項を掻いた。嫌がって、着た服を脱いでしまう。見れば、首元にタグが付いとる。普通やったら、それが当たり前やけど、ユウジが普段着ているものはユウジのためだけの一点もの。それにタグ付いてへん。
 ユウジは服を床に落としたまま知らんぷりで、自室に閉じこもってしもた。




20100414-20100905


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