アンドロイド白石と一氏


be loved







 これは二十年前に俺が、あの世界一有名なアンドロイドから聞いた話や。
 俺のみ知ることを許され、俺は知らなければならなかった。
 最期の告白を。





 ユウジ様は、地方の大地主のご落胤やった。ユウジ様のご母堂は平凡な農家の娘やったが、旦那様に見初められユウジ様を身ごもった。しかし、彼女は体が弱く、ユウジ様が生まれてから一年と経たずに亡くならはった。それから、彼女を寵愛しとった旦那様は、忘れ形見であるユウジ様を家に入れたがったが、もちろん正妻や使用人たちの反対に遭い、ユウジ様は最後まで本家に足を踏み入れることはあらへんかった。
 ユウジ様は、森の奥の豪奢な別荘をあてがわれ、そこで一人の召使いと暮らすことになった。
いや、正しくは一体か。その召使いとは俺、蔵ノ介と名を持つアンドロイドや。





 俺がユウジ様と出会うたときには、ユウジ様ほんの小さな赤子だった。せやけど、人間の成長は早いもんで、ユウジ様はあっちゅう間に五歳にならはった。

 旦那様は二日に一度は通信を入れ、ユウジ様の成長を確認しはる。それから、月に最低でも二度は直接様子を見に来はる。
『おう、ユウジ。元気にしとるか』
「二日前にはなしたばっかりやんか。元気にしとるで」
 ユウジ様と話をしているときは、旦那様のいつもは厳しい顔も甘くなる。本家ではお父様と呼ばれているそうやが、ユウジ様にはそれを強要せず、おやじやらオトンやら好きに呼ばせてはる。鞭は俺に一切任せて、自分はアメちゃんだけユウジ様に与えてはる。
『ほなまた明後日連絡するから、ええ子にしとるんやで』
「おん」
『さすが俺の子や。早よまた会いたいなぁ』
「また来ればええやん」
 素っ気ないユウジ様の言葉だが、旦那様は脂下がった笑みを浮かべとる。
『近いうちに行くからな』
「おん」
『ほな』
「バイバイ」
 プツンとあっけなく通信が切れる。さっきまで画面いっぱいに旦那様が映ってはったテレビは、ただの箱に戻った。小さな体が、大きなソファに沈む。
「くらのすけ」
 呼ばれて、壁際に控えていた俺は、ユウジ様の元へ行く。
「どうなさいました、ユウジ様」
「それや」
「え?」
 ユウジ様はソファにごろりと横になった。真下から俺を見上げる。
「俺の名前って、ユウジなん?ユウジサマなん?」
「ユウジ様のお名前は、ユウジが正しいです」
「ほんなら、なんでくらのすけはユウジサマってよぶん?」
「様と言うのは敬称でして、私よりもユウジ様の方がご身分が上でございますので、そうお呼びしております」
「ふぅん」
 子どもに対する説明としては、少々堅かったかもしれない。本当に理解したか怪しい返事だ。検索システムを働かせて、噛み砕いた語を探す。

「ほんなら、そのケイショウ言うんやめて」
「とは?」
「ユウジってよんで」
 小さな主人は拗ねたように言うた。俺はそれを命令と判断した。
「では、ユウジ。これでよろしいですか」
 尋ねれば、ユウジはソファの上に立ちあがった。
「おん。ようできました」
 それから、小さな体を目いっぱい伸ばして、俺の頭を撫でた。満足そうに、はにかんだ笑みを浮かべて。





 旦那様はユウジのために毎シーズン、流行のしゃれた服を贈ってくれはる。おかげさまで、屋敷の中には一部屋丸ごとの衣裳部屋がある。もう着られへんような小さい頃の服を捨てたら無駄なスペースを取らんのに、思い出やというて 旦那様が捨てるのを禁じてはる。ユウジかて、服の山を見てちょっと呆れとるっちゅうのに。

「あれ、丈が少し短いですね」
 肌触りの良い素材の黒のパンツをユウジに穿かせてみれば、裾が少し足りやん。膝を立てた姿勢から立ち上がり、ユウジの身長を計測してみれば、オーダーを出した時よりも五センチも背が伸びとった。夏服では気づかへんかった。
「なんや、足んとこ中途半端やん。かっこわるぅ」
 目の肥えたユウジはお気に召さんようで、口をとがらせて足をぶらぶらと揺すった。


『ほー、そない伸びとったんか!』
 旦那様は嬉しそうに笑わはった。
「笑い事ではありませんよ。もうじき寒くなると言うのに、これから仕立て直していては間に合いません」
 この森の中は、残暑が過ぎればあっちゅう間に寒くなる。こないだ仕立てたんは、少し厚手の間服で、この森の気候に合わせたモンやった。ユウジの服は旦那様が信頼の置ける職人にオーダーする、ハンドメイドの品。一朝一夕で仕立て直しができるわけもなく、待っとったら寒い季節が来てまう。ユウジの細っこくて冷えやすい手足を守るための服やっちゅうのに、それでは意味があらへん。
『ほな、妥協するしかあらへんわな。既製服にしよか』
「賢明です」
 旦那様は酷く落胆した様子で、ため息を吐かはった。
『せっかく、ユウジに似合うと思って楽しみにしてたんに、日の目を見いひんうちにお蔵入りかいな…』
「致し方ありません。ユウジ様もお気に入りのご様子でしたから、残念ではありますが」
 ユウジのファッションショーは旦那様の最大の楽しみの一つのようや。旦那様は生地選びから、流行りを読んで型を決めるところまでしはるから、そん拘りようは親ばかと言われても仕方あらへん。新しい服が贈られてくると、ユウジも通信の度に違う服を着てやって、旦那様を喜ばせとった。そない訳で、今回も旦那様はえらい楽しみにしてはったのやろう。それだけ、落胆も大きい。
『あれ、お前、ユウジって呼ばへんの?』
「はい?」
『ユウジが言うてたで?『蔵ノ介に俺のホンマの名前、教えたったねん』て。お利口さんやなってめっちゃ褒めたったわ』
 片肘を突いた旦那様は、自分の膝を立てユウジ様の代わりに撫ではった。高性能なテレビ電話やけど、さすがに画面を通して実物に触ることはできへん。ユウジに触りたい、ずるい、と何度旦那様に言われたことやろか。
「ユウジとお呼びしてもよろしいのですか?」
『おう。かめへんで』
 ユウジ溺愛の旦那様のことやから、独占権を主張して、臍を曲げるんやないかと思とった。
『俺のユウジを呼び捨てさしたるだけやからな』
 やっぱり独占権はしっかり主張するみたいや。

「くらーっ!こっち来てやー!」
 小さな主人の声が廊下に響き渡る。どうやら庭から叫んどるみたいや。
『くらーっ!やって。ホンマ、かわええなぁ。ほな、早よ行ったれや!』
「はい、失礼いたします。急にご連絡差し上げて、申し訳ありませんでした」
『いや、かめへんで、ユウジのことやったら会議中でも出たる』
「マザーコンピューターから旦那様のスケジュールはリアルタイムで受信しておりますから、邪魔はいたしませんよ。安心してお仕事に励んでくださいませ」
『食えへんやっちゃ』
 丁寧に申し上げると、旦那様は肩を竦めはった。
「くぅーらぁーっ!」
 いよいよ小さな主人の声が、尖ったものになった。
『はは、早よ行ったれ』
「はい。失礼いたします」
 言って、通信装置の電源を切ると、急いで声の元に走った。




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