忍足と一氏・拍手 イグアナ 飼っているイグアナに、好きな子の名前を付けた。まさしく若気の至りだ。 「翔太。今日ツレ来よるから、邪魔せんとけよ」 「ん、白石?」 「違う。お前の知らんヤツや。ユウジ」 「へぇ〜、イグアナとおんなし名前やんか」 「それ、ユウジに言うたらシバくで」 「言わんやって!爬虫類とおんなし名前とか嫌やもんな」 不用心に付けてしまったものだ。おかげで気の置けないダブルスパートナーにも秘密だ。 本人が自宅に遊びに来ることなど、思ってもみなかった。これまで一度だって勇気を出せたことはなく、遊ぶときには白石なども含めて複数で出掛けていた。はじめての二人きり。それが自宅とは少々ハードルが高い。とはいえ、もちろん普通に過ごす以上の勇気はないが。 「お邪魔しまーす」 普段友人を家に招くことにいちいち緊張はしないけれど、今日は違う。 「へぇ〜ええ家やんなぁ」 「ちょお汚いけど我慢してや」 「どこがぁ!汚いことあらへんやんけ!」 「はは、おおきに。ほな、俺ん部屋上がって右やから、先行っといて」 階段の上を指してユウジに示す。ユウジは頷いて、階段をリズムよく駆け上る。 背中を見送って、リビングに用意しておいた菓子を取りに行く。見栄を張って買ったちょっと高い菓子。息を整え、気合いを入れて、階段を上る。ドアに『けんや』と書いたプレートがあるのを思い出して、赤面した。小さい頃から使っているものだが、変に思われなかっただろうか。 右手のドアを開ける。ユウジが、イグアナに喋りかけていた。 夢の対面。ドキッとする。 「謙也、コイツ、かわええなぁ」 「せ、やろ?」 「よしよーし」 言いながら、ユウジはイグアナの水槽を撫でる。 「なぁ、コイツ名前何て言うん?」 「秘密やって」 「えー、ええやんかぁ。俺と謙也の仲やろ?教えてやぁ」 嬉しいことを言ってくれるが、ユウジだからこそ教えられないのだ。 「アカン、秘密や」 「ふぅーん。まぁ、ええわ」 ごろごろとベッドの上に寝転がって、今日のユウジの来訪を思い返す。さっきまでユウジがそこにいた。菓子を美味いと言って食べた。あのコップでコーラを飲んだ。一緒にゲームをした。たかがそれだけ、それも短時間だが、緊張した。 『ほんなら、勝手に名前付けたろ』 『え?』 『コイツ、オス?メス?』 『メスやけど…』 『メスか!ほしたら、ハニーちゃんや!ハニー、かわええなぁお前』 イグアナはメスだった。名前を付けたとき、翔太にも親にも反対された。 「ハニー…」 ユウジに呼びかけてみる。ユウジは知らん顔している。 頬が熱い。 fin 20100525 町田 |