小さい頃に魔法をかけられた。
 十五歳になると解ける魔法だ。

* * *

 ブン太は女の子になりたかった。幼稚園のとき、男の子たちが庭で砂まみれで遊んでいる頃。ブン太は女の子たちと一緒に風呂敷を体に巻きつけてドレスにしていた。水色のスモックが嫌で、先生みたいにピンクのスモックが着たかった。お母さんの使っている綺麗な化粧品がほしかった。女の子になりたいな、小さな願いだった。

 両親は共働きで忙しく、ブン太はほとんどおばあちゃんに育てられた。おばあちゃんはブン太の願いを聞いて、困った顔をした。ブン太の願いを壊してしまいたくないし、かといって叶えるのは難しいからだ。きっと、まだ若い両親も困ってしまうだろう。
 おばあちゃんは嘘をついた。悪意はない。それに、すぐに分かる嘘だ。ブン太のためと、両親のためを思った。
 おばあちゃんはブン太の耳に囁いたあと、ブン太の頭を撫でた。
『ブン太とおばあちゃんの内緒だよ』
ブン太は笑顔で頷いた。

* * *

 それからブン太は男の子として育った。簡単なことだ。男の子たちと遊ぶだけ。おばあちゃんのかけてくれた魔法は、秘密にしていなければ叶わないと言っていた。だからブン太はそれを守って、男の子として育った。

* * *

 ブン太が小学校に上がった年、弟が生まれた。その三年後にも、また弟。
 そしてブン太は少しずつ嘘に気づきはじめる。

 この小さな弟たちが、自分と同じ願いを持ったとして、それが叶うだろうか。いや、きっとおばあちゃんはもう魔法をかけないだろう。小さい頃には信じていた魔法の言葉。けれど、綻びが見えた。
 近所のお兄ちゃんは、大きくなってもお兄ちゃんのままだ。

* * *

 中学二年生になって、ブン太が男の子のままでも好いていてくれる、奇異な恋人ができた。名前は切原赤也と言って、一つ学年下の男の子だ。

 ブン太は、その頃には嘘だと気づいていたけれど、魔法の話を赤也にした。
 あの魔法の言葉が嘘なのかと聞かれたら、ブン太は素直に首を振れない。縦にも、横にも。ブン太はおばあちゃんが好きだし、おばあちゃんのついた嘘の意味も分かるからだ。
信じていない顔をしながら、信じているフリで赤也に話した。
『先輩は女の子になりたいんだね』
 赤也はただ、そう言った。変だとも、嘘だとも言わなかった。
『じゃあ、一緒にその日を待とう』
 ブン太は泣きそうになりながら頷いた。

* * *

 その日が来るのはあっという間だった。赤也は本当にブン太と一緒にいてくれた。
 学校に行くフリをして、赤也と落ち合った。それから、学校とは反対側の人のいない空き地に行った。草が伸びっぱなしの空き地は、人目から隠してくれる。赤也が、お姉さんのものだと言う制服を貸してくれた。立海の制服だ。


 おばあちゃんがかけたのは、女の子になる魔法だった。
『ブン太が十五歳になったら女の子になれるよ』


 日が暮れるまで他愛のない話をした。寝転がって、空を見た。コンビニでアイスを買って食べた。はじめて手を繋いで、キスをした。


 日が暮れて、もうすぐ帰らなくちゃいけない。


 おばあちゃんがかけたのは、女の子になる魔法だった。
 でもそれは嘘で、本当はおとなになる魔法だった。

 小さい頃には信じていたのに、おとなになるほど、嘘が見える。蛹が蝶々になるみたいにはいかない。弟は大きくなっても妹にはならない。女の子はライオンになれないし、男の子は女の子になれないんだ。
 十五歳にもなれば、嘘だったと癇癪を起こすわけにはいかない。静かに、受け入れるしかない。ブン太は女の子になれない。

 スカートを脱ぐ。露わになったのは、筋張った少年の脚だ。よろめくブン太を、赤也が支えてくれた。


 十五歳になって、痛みを知って、ブン太はまたひとつおとなになった。





おとなになる魔法

20100420 for BUNTAN
町田

xx



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