仁王と丸井・拍手・パラレル

I'm Ur kitty



 仁王は覚えてないが、俺は前世、仁王の猫だった。

 小さな野良猫だった俺を拾った前世の仁王。仁王は奥さんを先に亡くし、一人有閑を楽しむ老翁だった。髪の毛は今と同じで真っ白。髪型や量ははだいぶ違うけど。それから、寡黙だけど、言葉は標準語だった。身長も同じくらい。年はとっていたけど、体は丈夫で、皺だらけの手でもしっかりとしていた。節くれだった手で撫でられると、乱暴な仕草だったけど気持ちよかった。
 たった十五年の短い生涯だが、仁王と二人きりで仲良く暮らし、最後は素晴らしいことに同じ日、同じ時間に眠りについた。俺は生涯を独身で、誠実な恋心を仁王に捧げた。
 そう、俺は雌猫だったのだ。女は一生を愛に生きるのだ。たとえ猫だろうと。十五年間、献身的に仁王を愛し、時には狩った虫なんかも贈った。もちろん今は人間だから、そのプレゼントがどれほどありがた迷惑なことか分かっている。まあそれほど、熱烈なまでに愛していたのだ。その一時も離れたくないという執念が、半ば情死のような大往生を実現した。
 尻尾が割けて、猫又にならなくてよかったと、切実に思う。


 ときは現世、中学の入学式で初めて仁王を見た瞬間に、抜け落ちていた記憶がすべて戻った。前世の記憶が蘇るなんて、信じがたい事が起きればパニックにもなりそうなものだが、俺はすんなりと納得した。これは必然だったのだ。あの猫が仕組んだこと。

 ああ、やっとあの人に巡り会えたにゃあ!

 にゃあと言うのは鳴き声であって、猫にとっては語尾でも何でもないわけだが、分かりやすいようにつけてみた。仁王を一目見た瞬間に、俺はそう実感したのだ。
 めでたいことに猫が生まれ変わったのは、人間。それに同い年だ。猫が願ったことは叶った。しかし、男になってしまった。

 にゃんでにゃあ!男だにゃんて!

 今まで男であったことに何の疑問もなかった俺だが、俺の中の猫はそう叫んだ。

 男は男と恋愛が出来ないのかと言えば、そうとも限らない。動物の中でも割とポピュラーな話らしいし。しかし、難しいということは確かだ。俺の中の猫が目覚めてから、俺は仁王に恋をしてしまった。現世だけで考えれば、一目惚れに等しい。前世では、俺が猫だったため、俺は猛烈に仁王を愛していたが、片思いだった。口が利ければ、仁王に答えも求められたが、もちろん喋れなかったし、仁王もあまり喋らなかった。愛を囁くタイプでもなかったし、まあ愛玩だろう。

 猫は不満がっている。俺も、どうにかしたい。恋愛なんて、ハードルの高いことは言わない。せめて撫でてほしい。

 仁王の手は、皺こそないがあの人と同じだ。見ていると、恋しくなる。あの手で耳元を撫でられると、少しゾワッとして、気持ちいいんだ。そして時々、意地悪に尻尾をつかむ。

 美術の課題で、友だちを描くというものが出た。俺はすぐさま面倒そうにしていた仁王を誘い、押し切った。さらさらと、意外に器用な左手が紙の上を滑る。その手。仁王の手。うっとりと見とれる。
 俺の手は動かない。仁王の手に夢中だ。俺の中の猫、まっしぐら。
 変に思ったんだろう、仁王が顔を上げた。

「どうしたんじゃ?」

 あの人も、分からないくせに「どうしたんだ」っていつも聞いてきた。

「撫でてほしいにゃあ…」

 ぽろっと心の声が漏れ出る。猫はいつもこうして、届かない願いをしていた。
 しかし、かなりの変態発言だ。慌てて口を押さえる。

「ふっ、何じゃお前さん。猫みたいじゃのう」

 仁王は動じなかった。そうだ、前世から変わり者だった。猫にするみたいに、耳の後ろを撫でられる。ゾワッとして気持ちいい。目を閉じて、実感していると、仁王が笑った気配がした。

「本当に、猫みたいじゃ」


 猫は叫んだ。

 当たり前にゃ!だって、私は貴方の子猫ちゃんだもの!


おわり


20100412 町田




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