be human 番外編


be human
-安寧の日々-



extra1 ユウジ
 しんゆうのはなし






extra1


 俺の家から謙也の病院までは、ありがたいことに徒歩で十分もあれば着く。他に働こうと思えば、街中まで出やんとアカン。そしたら自転車は必需品。せやけど、ここんとこちょこっとしんどいから、自転車は難しい。ほんならばすやら公共交通言うても、毎日使ったらもったいない。車やらばいく言うても、免許すら取られへん。全く、謙也様々っちゅう話や。





「おはよーさん、謙也」
「おぅ、ユウジ。おはようさん」
 診察室に入って謙也に声を掛ける。謙也は机に向かって、何やら書いとった。あの紙はかるてやから、きっと英語かなんかや。俺にはちいとも読めん。
 謙也は頭がようて、性格もええ、自慢の幼なじみや。俺には友達言うのがおらんかったけど、謙也とはずぅっと友達。
「ユウジ、これ片してくれる?」
「おん。どこ入れたらええの?」
「"と"の三番目に刺しといて」
 かるてに名前は書いてあるんやけど、俺は漢字がよう読めへんから、謙也に聞いて入れる。手伝いやっちゅうのに面倒かけて申し訳ないんやけど、謙也は優しいからちゃあんと教えてくれる。
「とーとーと、」
 "と"はた行の五番目や。言いながら探す。その間に謙也は白衣はおったり、聴診器をつけたり、身支度を整える。

「ほしたら、今日の診察始めるで、患者さん呼んできてや」
「おん!」





 いっちゃん最初から厄介な患者さんや。
「嫌や!」
「金ちゃ〜ん。予防接種せなアカンのやろぉ?」
 金ちゃんこと金太郎は、この街の児童養護施設の子どもや。怪我の常連さんで、ようここに来る。
「注射はいややぁぁぁ!」
 血の出た擦り傷に消毒液当てる方がよっぽど痛いと思うんやけど、金ちゃんはそっちのがへえちゃららしい。
「ほら金ちゃん、腕出して。ユウジ、そこのアンプルとってや」
 謙也の指差したあんぷるを取って、手渡す。俺はやっぱり小難しいカタカナの名前の薬が読めへん。
「腕出してって」
 金ちゃんは、嫌々言うてても、イスからは逃げやん。そん代わりにその怪力で、腕をピンと体の横に付けて動かんようにしてる。謙也が引っ張ってみるが、さっぱり動かへん。感心してまう。
「はーっ、力の強いやっちゃ!」
 謙也はだんだん疲れてきたようや。

「『金太郎、ええ加減にせんと、おやつのたこ焼き抜きやで』」
「銀さんっ…!それは嫌や!」
 銀さんの声にビビった金ちゃんは、急いで謙也さんに腕を差し出した。
「よっしゃ!金ちゃ〜ん、すぐ終わるさかいな。ほな、ちょっとチクッとするで」
「っぎゃああぁあ!痛いぃぃ!」
 ホンマに痛いみたいで、金ちゃんベソかいとる。
「銀さん、ぅっく…。我慢したんやから、っく、たこ焼き抜きにせんといてなぁ…て、あれ?」
 診察のイスをくるりと回して後ろを見ても、銀さんはおらへん。そもそも一緒に来えへんかったやろうに、忘れとるんやろか。

「…あー!またユウジに騙された!」
「『まだまだ修行が足らへんな、金太郎』」
「毎度毎度悔しいわ〜!ユウジ、ホンマにそっくりなんやもん」
 俺の特技は声マネや。金ちゃんは毎度よう騙されてくれるから、銀さんはすっかり俺の十八番。
「ホンマそっくりやんな。おかげで大助かりや」
 褒められて悪い気はせえへん。声マネっちゅうのは結構役に立つもんで、特に子ども相手には効果抜群や。にゃんにゃんわんわん言うたら、大体興味持ってくれる。その隙にプスッと、注射も簡単。ただ、金ちゃんはなかなか手ごわいんやけど。
 ほんでも、銀さんの声マネにはよう引っ掛かってくれる。きっと普段から怒られとんのやろう。上唇を尖らせて、金ちゃんは拗ねてしもた。
「金ちゃん、これあげるから、許してぇな」
 ポケットから、アメちゃんを差し出す。今日は金ちゃん、苦手な注射をよう頑張ったから3つ。病院ちゅうのは子どもはみんな嫌いなモンや。注射は痛いし、怪我も痛い。頑張った子にはアメちゃんあげたる。そしたら、みんな元気になるやろ。俺の治療方針っちゅうやつや。
「…しゃあないから、許したる」
 どうやら機嫌直してくれたようや。さっきベソかいてた顔はもうすっかり笑顔。





「ユウジは子どもの扱い、よう心得とるなぁ」
「そう?」
「おお、ユウジがおると子ども相手んときホンマに助かるわ」
 ここはこの街で唯一の病院やから、謙也は一日中忙しい。終わった頃には外は真っ暗。謙也はここの二階に住んどるんやけど、夜中に急患が駆け込んで来たりするらしい。ホンマに大変や。せやけど、ホンマに信頼されとる証やな。
「子ども好きなん?」
「うーん…。ホンマはな、苦手やねん」
「えー、うせやん」
「ホンマホンマ。でも、苦手っちゅうか、どう接したらええかよう分からん言う感じやな」
 俺は学校っちゅうモンに行ったことがあらへん。貧乏やったから、小っちゃい頃から働かんと飯も食えへんかった。
「俺、友達おらんかったし」
「そんなん、俺、知らんかった…」
 一日中働いて、休みもほとんどあらへん。外に行くんはお使いんときくらいや。後はずっと兄ちゃんと一緒におった。
「友達おらんなんちゅうカッコ悪いこと、言えるかいな」
 せやから、謙也はホンマに大事な大事な幼なじみなんや。
 こない話すると、謙也はええヤツやから悲しい言う顔をする。こない顔は謙也に似合わへん。

「ええねん。謙也っちゅう『親友』が俺にはおるし」
「ユウジ…」
 謙也は泣きそうに微笑った。





 街の子どもたちはみんな仲が良うて、一人の俺はどないしたら仲間に入れるんか分からへんかった。窓から見るだけやった。仲良うなっても、俺はすぐに帰らなアカンし、そんなんやったら一緒に遊んどってもつまらへんやろ。せやから、友達なんおらへんでもええねん。そうやって言い訳してた。
 声マネを覚えたんは、一人遊びやった。最初はネコやら、カラスやらのマネして一人で遊んだ。ネコは俺が鳴くと振り返りよっておもろかった。人のマネをし始めたんは、お父ちゃんの代からのお得意さんやっちゅう人で、変なしゃべり方をしよる人がおったからや。そん人が帰った後うっかりと口を滑らしてしもて、聞いとった兄ちゃんに怒られるかと思った。俺はドツかれるかと思て両手で頭を守った。せやのに、兄ちゃんは笑ろた。兄ちゃんは仕事中いつも難しい顔しとるのに、そんときは似とると言うて、めっちゃ笑ろてくれた。俺は、その笑顔がめっちゃ嬉しかった。それから、俺は兄ちゃんを笑かすために声マネを磨いた。兄ちゃんは仕事の手を休めて、笑ろてくれる。声マネは、俺の誇れるモンや。

 謙也に会ったのは、配達の帰りやった。謙也は夏休みで、ぎむなじうむからの帰省中やった。
 謙也は一人で広場のべんちに座っとった。街の子どもたちの輪には入れへん俺やけど、謙也は一人でおったし、おんなし年くらいやと思ったから話し掛けてみた。やっぱり学校に通っとるヤツは俺とは違う。謙也は話してすぐに頭がええんやなと思った。謙也が言うとったぎむなじうむっちゅうやつ、ホンマは今でもよう分からへん。
 俺が頭悪いせいで、謙也にちょっと嫌な思いさせてしもたけど、謙也と話すんはめっちゃ楽しかった。
 謙也はぎむなじうむで勉強をせんとアカンから、他の子どもみたいに毎日一緒に川に行ったりとかそない遊びはできへんかった。せやけど、夏休みやらで帰ってきたときには一緒に遊んだし、謙也は手紙くれたりして、俺に言葉を教えてくれた。『親友』っちゅう言葉を俺にくれたんは、謙也やった。
 謙也は頭がようて、性格もええ、自慢の幼なじみ。謙也も俺の誇りや。





「ユウジ。ほな、バイト代」
「毎度おおきに!」
 茶封筒を受け取る。謙也はまださっきんこと気にしとったんか、受け取るときに頭を撫でられた。
「ほな、謙也。お疲れさん」
「おぉ。気をつけて帰れや」

 街灯の下でばいと代を確かめる。やっぱり多めに入れてくれとる。謙也の優しさに甘えて、オクラでもぎょうさん買うたろ。

「ただいま」

 部屋には誰もおらんから、静かや。
 オクラは文句なしに美味しい。せやけど、誰かおったらもっと美味いのに。



end
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