切原と丸井
果実


 丸井先輩が恋人と言う関係を許してくれたっていうのに、どうして俺はこんな歪んだ愛情を抱いてしまったんだ。

 好きなのに、ああ、好きすぎて、かな。


 例えば、その透き通る眼が好きなんだと思う。表情によって色が変わるように見えて、幻惑的な眼。
 それから唇。厚くもなく、薄くもなく、均等が取れて血色がいい。笑うときに大きく開く唇も、囁くとき小さく動く唇も。

 眉も、鼻も、手も、腕も、脚も、髪も、首も、睫毛も、背中も、全部が好き。
 先輩のこと、全部知りたい。

 いつからか、そのせいで、良からぬ考えが脳裏によぎるようになった。もしそうなったら、その眼は何色を宿し、その唇はどのように歪み、その眉は、鼻は、睫毛はどうなるのか。
 丸井先輩が、嫌がる顔が見たい。



 恋人同士と言えば、二人きりになれる場所を選ぶ。俺たちも通例にならって、いつもここで会う。昼休みの部室は静かで、小さな空間に先輩と二人きりでいると思うと、くらくらしてくる。多分あの邪な考えが頭にあるせいで、脳に酸素が足りてないのかな。

 すごいなぁ。先輩は全身で俺の目を引き付ける。一挙一動が俺の世界に作用する。

 この顔が、歪んだら。

 俺の世界は。


 部室にあるベンチは高くはないけど、その上から落ちればそれなりに大きな音が立つ。力が加わればそれは尚更。落とされた先輩は床に打ち付けた背中の痛みで少しうめいた。
「赤也、テメェ何すんだよ」
 先輩は上体を起こして、キッと目をつり上げて怒った顔で俺を見上げる。違うよ、そんな顔じゃない。先輩は怒りっぽいから、その顔は見慣れてる。

 肩を押し倒して、先輩の上に馬乗りになる。不思議そうな目をした先輩の、耳の後ろの首筋に口づけた。
「いきなり、何してんだよ、」
 それも違う。困惑と快感の混じった表情。その顔は綺麗だから好きだけど、でも違う。

 今度は、邪魔しないように先輩の両手を両膝で押さえつけ、先輩の白い首を両手でつかみ、力を入れる。先輩の眼は大きく見開かれ、俺の下で足掻いて抵抗する。もう少し力を入れると目を瞑り、苦しそうに掠れた声を漏らした。
 手を離して、首を解放すると先輩は激しく咳き込んだ。これでもない。


 ああ俺、先輩が好きすぎて狂ってしまったのかな。先輩の全部を知りたい。どんな表情も眼に焼き付けたい。だから俺の思い通りになって。


 丸井先輩の上から退くと、先輩は震えながら後ずさった。その顔に浮かぶのは恐怖だ。

「赤也、どうしちゃったんだよ」


 先輩の眼に映る俺は、もう恋人じゃないのかもしれない。
 ずっと好きだった丸井先輩が、恋人という関係を許してくれたって言うのに。
 好きって綺麗なことばかりの感情だと思っていた。それなのに、この歪みはどこから生まれたんだろう。

 先輩の嫌がる顔が見たい。
 先輩を思い通りにしたい。


 手を伸ばすと、先輩は叱られるのを怯える子どもみたいに小さくなった。


 これから、どうしたらいいのかな。



 果実が熟れすぎて腐っていく。ドロドロになって、崩れて、元の形が分からなくなっても、
それでも愛でしょう?



2008011 町田 シャナさんへ
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