甘い祝福をあなたに




目の前に広がるのは赤やピンクのハートと「love」の文字、そしてこの地域にはこんなに居たのかと驚くほどの人、人、人。
女性グループも居ればカップルも、勿論私の様に一人で来ている人もいる。企業の巧みな市場戦略だと分かっていても、それが上手く木の葉を隠すための森となってくれるならば利用しない手は無いだろう。相手が学校一の色男である東方君ならばそれは尚更だろう、だって彼が当日貰うチョコレートの数を考えるだけで頭がクラクラしてくる。
チキンな私でもその大勢の中の一人と言う立場なら、渡せる気がするの。貴方には確実に美味しいものを渡したいから、市販だけど東方君はどんなのが好きなんだろう? カカオは強め? それともミルク? ガトーショコラみたいなケーキの方がいいのかな。
カメユーのチョコフェスならきっと「これを渡したい! 」と思えるものがあると思って来たけど、今度は種類がありすぎて分からない……。店員さんも忙しそうだし、めぼしい物を買ってみるしか無いのかしら……。

そう考えこれがいいのではと思っていた一つを手に取ろうとした時、どこからか声が聞こえてくる。

「だからよぉ〜、仗助ェ、ゼッテーこっちのがうめぇって! 確かに値段はそっちの方が高ぇしキラキラしてっけどよう、味は確実にこっちのが上だぜ〜!? 」

「人に贈るもんなんだから、不恰好なのは渡せねぇだろォ〜! こういうのはやっぱり見た目で選んだ方がいいんじゃねぇの? 康一はどう思う? 」

「えっ、僕に振るの!? うーん……僕はやっぱり相手のことを考えるのが一番だと思うな、僕が最初由花子さんの愛情表現に戸惑った時みたいになるかもしれないから相手が受け取るのを遠慮しなさそうなものってのも考えた方がイイんじゃあないかな? 」

聞き覚えのある三つの声に思わず陳列棚の後ろに隠れてしまう。
な、何であの三人がここに? 東方君が誰かに送るチョコで揉めてる……? まさか、好きな人に?
サッと頭から血の気が引く。そうかもしれない、だってバレンタインって元々男性から女性にプレゼントを贈る日らしいし海外のこととかに詳しい東方君は本家のルールにのっとっているのでは!?
次々と過ぎる考えにギリギリと心臓が痛む、痛すぎて涙が出そうだ。
そっか東方君に好きな人……笑えてくるなぁ、その他大勢の中に入ろうとしてたくせに好きな人が居ると知ったら一丁前にショックを受けるなんて。我ながらなんて情けない話だろう、私には義理チョコすら渡す資格なんて無いのではないだろうか。あぁダメだ、ネガティブな考えばかりよぎってしまう……。今日はもう帰ろう、そう思い売り場から立ち去る。

家に帰り次の日になっても晴れない気分、どうしてもあの売り場へ向かおうとすると先日の事がフラッシュバックしてしまい足がすくんでしまう。
そうやってグズグズしている内にバレンタイン当日になってしまった、なんで日が昇ってしまったんだろう。学校へ行かなければいけないじゃない、自分の中にどんどん降り積もる自己嫌悪を抱えながら向かう学校のなんて遠いことだろう。

学校に着いてからもそれは変わらず、むしろバレンタインに夢中な生徒の雰囲気に気分は重くなるばかりだった。友人からチョコを貰ったりなど、嬉しいこともあったのだがその間も頭の中は売り場で見かけた東方君の姿でいっぱいだった。
あの後、結局彼はチョコを買ったのだろうか、誰に渡したのだろうか。そんなことばかり考えてしまう、授業中もそのことばかり、気づいたらため息が出てしまう。世の中が浮かれきっている愛の日に、なぜ私はこんなに気分を沈ませてしまうのだろう。早く一日が終わって欲しい。

とてつもなく長く感じた今日もこのSHが終われば家に帰れる、さようならの言葉とともに私は地獄みたいな今日から解放されるんだから。失恋の傷はしばらく癒えないだろうけど、今日ほど抉られることは無いだろう。
いっぱい寝て、休養を取って心をやすませないと。サッと荷物を詰め、そそくさと教室を出る。校門を出たところでようやくホ……と一息つくことが出来た。
今日かかった心労が一気に降りかかり、目線が自然と下に向き、とぼとぼと足取りが頼りなくなる。すると、急に後ろから肩を叩かれる。バッと振り返るとそこには息を切らしている、東方君。

「ッは、間に合って良かった、苗字さん、すぐに帰ろうとすっから焦ったぜ。」

あの日から私の気持ちが沈む原因を作った彼、教室で女子に囲まれてたはずなのに何でここに?

「ひ、東方君? どうしたの? 」

「えっ、あ、いやァ……。」

長い長い沈黙が私たちを襲う、一体何の用なんだろう、とても申し訳ないけれど私は早く家に帰りたい。どうすればいいのか分からず、キョロキョロと視線を彷徨わせてしまう。

「あ〜……ダメだ、ちっとぐらいカッコつけられっかと思ってたけど緊張しちまって無理だなァ〜! 」

恥ずかしそうにポリポリと頬をかく東方君の耳が赤くなっているのを見つけて、望みが薄いことは分かっているのにもしかしたらと期待をしてしまう。

「これ渡しに来たんだ、口に合えばいいんだけどよォ〜……。」

その言葉とともに紙袋を渡される、その中には可愛らしい包装をされた箱。感じていた期待が大きくなっていく、そして期待と比例するようにドキドキと大きくなる心音。勢いよく心臓から押し出された血液が顔に集まってくる。

「こ、これって……。」

信じられなくて、思わず出た声が震える。顔を赤くした彼が口を開き、私はそれに一も二もなく頷く。私が今日まで感じていた憂いは夢だったのかと感じるほど綺麗に消え、暖かな喜びに包まれた。


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