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 校庭にある木にとまったカラスがカァと心細そうに声をあげる。夕日で紅く染まる廊下には、日向子の影だけが長くのびていた。
新しい学期から生きもの係になった日向子は、みんなが帰ってしまった学校に1人だった。
最初の数週間は1人で怖いな、と、落ち着かなかった日向子だが、だんだんと意識が生き物の方へと移っていき今では毎日様子を見るのが楽しみになっていた。

「金魚さん、こんにちは。今日もまだまだあついね」

とん、と優しく水槽に指を当てて金魚たちに挨拶をする。
ガラス越しに当てられた指をエサと勘違いして口をぱくぱくさせているのが可愛らしくて、くふくふと笑みが込み上げてくる。

 おあずけはこの辺にしないと嫌われちゃう、と、金魚にエサをやるための準備をはじめる。
そうは言っても決まった量を測って水槽に入れるだけだ、あっさり終わる毎日の仕事。あとは定期的に水槽の掃除と水替えをするぐらいだ。そのときは大変だけど友達に声をかけて手伝ってもらえばいい。

1人でのんびりとお世話をするのも好きだが、友達とおしゃべりをしながらお世話をするのも日向子は大好きだった。

友達、日向子の頭をよぎった単語がずぅんと体を重くする。その単語が思い浮かぶたび、考えることはチエのことだった。
日向子はこの前のことで、チエをもののけだとすっかり思い込んでいた。しかしそれはまったくの勘違いで、もののけがあの盆前の登校日に休んでいたチエに化けていたという話だった。
友達に裏切られた、騙されてたとショックを受けていた日向子は、チエが変わらず学校にいることに心底驚いた。その驚いた声は大きく、とても配慮に欠けた言い方をしてしまったのだ

その言葉に腹を立てたチエに弁明をする機会がその後回ってこず、微妙な距離感のまま二学期へ突入してしまった。

「チエちゃんに謝りたいなぁ」

小学生らしからぬ深刻そうなため息をついては、水槽の中の金魚たちをぼうっとながめる。

「ねえちゃん、どうしたん? そんなシンコクそーな顔して」

横から投げかけられた聞き覚えのない声に、日向子の肩がびくり、と跳ねる。
バッとそちらへ振り返れば、青い髪にピンクの瞳をした日向子よりひと回り小さい男の子がそこに立っていた。
誰だろう、下の学年の子かな。

「きみ、だれ?」
「オレー? オレはな、藍ちゃんっていうんやで! よろしくな!」
「らん、くん?」
「藍くんじゃなくて、藍ちゃんって呼んでや
「わ、わかった。らんちゃん、私はね」
「ねえちゃんは、ねえちゃんやろ!」
「う、うん。そう、だね?」

勢いよく捲し立てられ、日向子はよく分からないまま頷く。なにせこんなに元気よく話しかけてくる男の子、それも年下なんて初めてだったのだ。
こんな子も居るんだなぁ。掃除場所が一緒の低学年を思い出しては、違いに驚き、目をくりくりとさせる。

「ねえちゃんは今なにしてんのー?」
「生きもの係のお仕事だよ、金魚さんにご飯あげたりするの」
「へぇ、ねえちゃんマメやなぁ」

こんなんほっぽってもバレへんのに。
ぽつりと独り言のように呟いた藍の言葉で、日向子の頭にサッと血がのぼる。違うんだよ、と、顔が険しくなりつつも、なるべく怒らないようなトーンで金魚の可愛さや命がいかに大事かということを拙い語彙で藍へつたえる。今度は日向子が捲し立てるように伝えた言葉たちがきちんと伝わっているかは分からないが、藍はふぅんと納得したような声を出した。

「だからこんなにうまそうなんやな
「うまそう?」

耳を疑うような言葉が聞こえ、驚いた日向子は思わず聞き返す。

「食べちゃいたいぐらいカワええな! ってこと!」

にっ、と吊り上げられた口角でよく見えるようになったギザッ歯がぎらりと鈍く光ったように見えた。


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