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ぴーひょろぴーひょろどんどんどん
祭囃子の笛が鳴る、太鼓が鳴る、人のざわめきに声が埋もれる。

「おとうさん、おかあさん、どこ……?」

 左手に持った綿菓子に気を取られ、父親の手を離してしまったのが最後、日向子は両親を見失ってしまっていた。はぐれてしまったのは何分前のことだったろうか、少なくともつい先ほどのことではない。
ずっとぐるぐると露店の列を回っていたが、これだけ時間が経ってしまえばもう居ないかもしれない。
私を置いて帰ってしまったかもしれない!

大人しく町内会のテントに行けば良いものを、パニックになってしまった子供にはそれが分からない。
不安が不安を呼び、ぐじゅぐじゅと視界がとけていく。

本当は最初からここで私を置いていくつもりだったんじゃないか、私を捨てるつもりなのか。捨てないで、いなくなっちゃ嫌だ。

そこまで考えが飛躍したところで、日向子は鳥居の外へ出ようとかけだした。
走れば走るほど大事に飼われている金魚の尾びれのようなへこおびは崩れ、母が日向子に苦しくないように、けれどきっちりと整えた襟もはだけてしまう。人にぶつかろうと足がもつれようと日向子には気にしている余裕がない。

 しかし、悪いことが起こるときには次から次へと重なるもので、まだ一度も1人で縁日に訪れたことのない日向子がすんなりと鳥居へ行けるわけがなかった。
たくさんの店、人、明かり、音、いつもの境内とはなにもかもが違う景色に惑わされ踊らされ、あらぬ方向へと向かってしまう。
夢中で走り、気づいたときには明かりも祭囃子も遠く、暗闇が幼子の体を掠めとろうと手を伸ばしていた。

「お前、こんなところで一体なにしてるの」

凛とした声に話しかけられ、日向子の意識がそちらへと向かう。
すもものような髪に、和服のような洋服のような不思議なかっこう、手に持ったキセル。全てが物珍しく、見慣れないはずなのに何故かひどくしっくりくる。

「お姉さん、だれ?」
「僕はお姉さんじゃない」

不思議な青年は綺麗な顔をむっと歪め、そっぽをむいてしまう。

「じゃあ、お兄さん?」
「そう、それならいいよ」

ひっく、としゃくりをあげながら日向子がそう尋ねれば満足そうに返事をする。

「それより、こんなところで何してるのさ」
「お母さんとお父さん探してた……」
「ふぅん、迷子か」

ま、そんなことだろうとは思ったけど。そう言って青年はタバコをくゆらす。
日向子は未だに目から溢れる涙をぬぐっていた。

「ああ、もう、そんなに泣くなよ。お前だって
もう10歳になったんだろ」
「なんで知ってるの?」
「なんでって……お前が赤ん坊の頃から知ってるよ、7つの時にも会った。お前は覚えてないだろうけどね」

まったく青年の言う通りだった、一度会うだけでも強烈な印象を残しそうな彼なのに日向子は全く覚えていない。けれど彼は日向子のこと赤ん坊の頃から知っていると言う。
一体いつ出会ったのだろう、話が聞きたいと日向子が熱心に彼を見つめていると、長くなりそうなことに気づいたのか「説明しないよ」と言われてしまった。

「戻らないといけないんじゃないの? 親がお前のことを探しているよ」

ほら、あそこ。
そう彼が指し示した先には間違いなく日向子の父と母がいた。途端に駆け出したい気持ちをぐ、と堪え、青年へと向き直る。

「お父さんとお母さん見つけてくれてありがとうございます!」

お兄さん、またね! そういい終わるや否や足は動き出し、日向子は両親の元へと一目散にかけて行った。

「うん、またね。日向子」


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