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電気看板ぎらつく飲み屋街、周りを見ればみな千鳥足ののんべえ横丁。
その通りにある店の一つ、Bar銀猫に日向子は父親と来ていた。
がらんとドアベルがなり、けして広くはない店内に迎え入れられる。ここは父の行きつけだった。

「いらっしゃい、上代さん。随分かわいらしいお連れさんじゃーん」
「こんばんは、ネコメさん。紹介するよ、娘の日向子。ほら自己紹介は?」
「えと、上代 日向子です。こんばんは……」

初めておとずれるバーという酒場と初めて会う大人、完全に萎縮してしまったまだまだ子供の日向子は尻すぼみの自己紹介が終わると父親の後ろにぴゃっと隠れてしまった。

「自己紹介できて偉いねー、オレの名前はネコメ。こちらの席へどうぞ? お嬢さん」

バーカウンターの向こうにいる中折れ帽を被った店員に目の前の席を指し示される、父の助けを借りなければ登れないほど背の高いこのカウンター椅子は"いつもの席"なのだろうか。

テーブルへ出された豆菓子を食べてもいいものかとじっ、と見つめているとその様子に気づいたネコメと名乗った男性に「食べても大丈夫だよ」と声をかけられた。

ぽり、あまじょっぱいその豆菓子は日向子の緊張をほぐしてくれたようで、子供が来たからタバコをやめろと他のお客に注意するネコメの声やそれに不満げな声をもらす常連客、店に流れているジャズ調の音楽も耳にすんなりと入ってくるようになった。

 緊張がほどけると次に湧き起こるのは普段訪れることのないオトナな場所への好奇心で、日向子はきょろきょろとあたりを見渡しはじめる。

「それで? 今日はどうして娘さんと?」

お店のなかはダークブラウンを基調とした落ち着いた雰囲気で、バーカウンターの奥の棚にはいろんなお酒が並んでいる。

「家内が今日、同窓会でさ」
「なるほどねェ、奥さん、地元の人なんだっけ」

奥の方の席に座っている少しコワモテなお客たち、どうやら女性客は少ないようだ。

「そういやさ、聞いた? 袋小路十三丁目のほうでもののけが出たらしいじゃん」
「結構近いな、危なくて1人で遊ばせられないな」

忙しなく周囲を見回していた日向子の頭にぽんと父親の手がのせられ、そのまま頭を撫でられる。話の片手間に撫でるのは本人にその気がなくても雑になってしまうもので、グラグラと日向子の頭が揺れる。

「お父さん、痛い!」

父親の方へ向き、頭にのせられた手をもー! と押し退ける。日向子は不満をぶつけているのに笑って流す父親にむしゃくしゃしてパンチをお見舞いする、それから人前で怒ってしまったことや子供っぽくなってしまったことへの恥ずかしさでツンとそっぽを向いてしまった。

「反抗期かなぁ」
「いや、痛いのは誰だって嫌でしょー」

どっちも違う! 大人になっちゃった人にはきっとこの複雑な子供心を理解できないんだ……!

 言語化できないモヤを飲み下したくて近くにある飲み物に手を伸ばすが、グラスを掴んだ日向子の手をふわふわの何かが押さえた。
白、いや銀色の猫が青色の瞳でナマエをじっと見つめてくる。

「猫ちゃん?」
「あ"っ、日向子ちゃんそのグラスお酒だなぁ。キミのはこっち」

大きな氷の入った背の低いグラスがひょいと視界から消え、ストローがささった背の高いグラスが目の前に置かれる。色からしてオレンジジュースのようだった。

「いやぁ、危なかった。ナイス銀星」
「賢い猫だなぁ」
「上代さんが近くに置かなければこんなにヒヤヒヤすることなかったんだけどな」
「はは、悪い悪い」

頭を撫でようとするネコメの手をしっぽでパシンと払い、もう用は終わったとばかりにカウンターから降りて行ってしまう。

「あの猫ちゃん、銀星っていうの?」
「ん? そーそー、あいつは銀星。店の名前もあいつにあやかってつけてんの」

そうだ、とネコメがなにかを思いつく。

「日向子ちゃん、こんな大人ばかりのところにいても退屈だろうから銀星に接客してもらおうか」
「いいの?」
「いいよ、ちょっと待っててねー」

そうして彼もボトルが飾られている棚の裏へと戻り、銀星という猫を連れてこようと奮闘しているようだった。

「ほら銀星、お客さんだぞー。チチチ」

 ガタッ、ゴトッと銀星が抵抗しているような音が1、2分ほど続いていたが、とうとうネコメに抱えられ不服そうな顔を覗かせた。
カウンターに乗せられた猫は、そうなってしまったらもう逃げてもまた連れ戻されることを知っているのか、不服そうな顔をしつつも逃げ出すことはなく、その場にぐるっと腰をかける。

 猫の体を包むふわふわで長い銀色の毛は、この初夏の時期あつくないのだろうか。
じっ、と日向子が銀星を見つめていると銀星の青色をした瞳と黒い日向子の瞳がかち合う。

「なでてもいい……?」

かち合っていた瞳がスッとそらされ、ダメかぁ……と日向子が落ち込んでいると猫特有の狭い額が日向子の手にコツンとあたる。
いいんだ……!!
落ち込んでいた日向子の表情がぱあっと華やぎ、まだ小さい手のひらをそっと銀星の額にのせる。

ふわり、想像していたものよりも柔らかく日向子の掌を受け止めた。今まで長毛種とあまり触れ合ったことのない日向子はフワフワとした手触りに感動を覚え、銀星が嫌がらないのをいいことに父親が「帰るぞ」と言うまでずっと構ってもらっていたのだった。

「はー、やっと今日も終わった。銀星もおつー」

 看板がopenからclosedへと変わり、店内の空気がいっきにゆるむ。ずっと被っていた帽子を外し、下に隠れていた猫耳をぱたぱたと動かす。
声をかけられた銀星は猫ではなく、カウンターに腰をかけた男性の姿をしていた。

「全くだよ、急に子供の相手だなんて」
「いやー、悪いね。だってあの子つまんなそうにしてたから」
「力任せに撫でたり掴んだりする子じゃなくて良かったよ、本当」
「銀星、撫でられて満更でもなかったでしょう?」
「喧嘩なら買わないぞ」
「冗談でーす」


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