「あーあ。もっかい穴に落ちたら帰れるかなー」




ぽつんと漏らすと、咲喜は饅頭の最後の一欠片を食べ終わって頷いた。










「そうだな。では私がもう一度背を押して落としてやろうか」


「痛いのは勘弁!」


「遠慮するなよ」


「いやいやいや、遠慮じゃないからね!?」


「ははっ、冗談だ」


「な、何だ・・・冗談かよ」




冗談に聞こえなかった、と溜め息を吐いた緋乃を見て、咲喜は益々面白くなった。
焦る緋乃が面白くてついからかったが、本当にいい反応を見せてくれる。











「暫く帰れないのならこの饅頭の礼に美味い羊羹を用意させよう。来い」


「させる?用意させるの?え、ちょ・・・咲喜?」





用意“する”んじゃないのかよ、と思いながらもさっさと立ち上がった咲喜を追って、緋乃は小走りになる。
それから大きな御屋敷の前に到着。










「ねぇ、ここって咲喜の・・・おうわっ!」





屋敷?と尋ねようとした時またも地に足が付かない感覚が遅い、奇声を上げる。
ああ、また落ちたんだ、と理解すると同時に、どうしても茶菓子を食べたいという食欲が緋乃を襲った。

手を伸ばすが、やはり妖怪と言えど重力には逆らえずに落ちて行く。






そして咲喜が振り向いた時、そこには穴があるだけだった。











「緋乃・・・?」


「いらっしゃい、咲喜さん」






屋敷から出てきて咲喜を出迎えたのは、花開院家の十三代目・秀元。
しかし咲喜は穴を覗き首を傾げている。










「何してはるん?」



近付き同じように覗いてみるが、中は空っぽ
とある悪戯の為に式神に掘らせたこの穴がどうかしたのだろうか。
ふと咲喜の方を見て、秀元は何かを感じ取り目を見開いた。








「もしかして咲喜さん、さっきまで妖怪と一緒やった?」


「あぁ。一緒に羊羹を食べようと思ったんだが・・・残念だ」




少し声のトーンが落ちたのに気付き、秀元は少し驚いた。
どうやら珍しく気に入った妖怪だったらしい。

しかしそこである事が引っ掛かる。










「・・・ちなみに誰に用意させようと思ってたん?」


「そりゃあお前に決まってるだろ」


「あはは。咲喜さん酷ない?」


「そうか?」






悪びれもせずにさらりと言った咲喜は、夜空を見上げて微笑んだ。

あいつは帰れたのか・・・―――









「咲喜さんにそんな顔させる妖怪かぁ・・・見たかったなー」




秀元が口惜しげに呟いたのが咲喜にも聞こえた。
どんな奴やった?と秀元に尋ねられ、咲喜は悩むことなく口を開いた。










「あいつは・・・―――」







































「―――羊羹んんんん!!」


「「「わぁぁあっ!?」」」






はっと気が付くと、自分の顔を覗き込んでいる黄色いヘルメットの人たちがいた。
緋乃は仰向けになり手を伸ばした状態で停止していた。

いきなり大声を上げてしまったのが悪かったのか、覗き込んでいた人たちは口をパクパクさせて驚いている。











「え・・・?だ、大丈夫ですか?」


「あ・・・あぁ。緋乃くんも大丈夫かい?」


「あ、はい!」




若干腰が痛いが元気良く返事をすると、皆が安心した表情で息を吐いた。










「良かった良かった。
さっき緋乃くんが穴に落ちて急いで引き上げたんだ。本当にビックリしたよ」


「というか起きてすぐ食べ物か、緋乃くん」





はははっ、と辺りが笑に包まれる。
食い意地張ってて申し訳ない・・・と緋乃は少し赤くなって頭を掻いた。


それにしても羊羹は本当に惜しい事をした。
咲喜が折角ご馳走してくれる筈だったのにっ・・・!






「羊羹・・・」




はぁ・・・と思わず溜め息を吐く。
しかし横に落ちていた紅福饅頭の紙袋を見て思い直した。






一つだけ咲喜にあげた紅福饅頭。

美味しそうに食べてくれた姿を思い出し、何だか自分もお腹一杯になるようで、やっぱりこれだけでもいいか、と笑みを漏らした。
















落ち来し者との奇遇

(―――・・・あいつは・・・)

(その髪色と同じくらい)
(笑顔の明るい奴だった)









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