『名は蓮水‥だったか』
陽が顔を出したあたりで彼女の前に立った。
それは今朝の事。
「御覚悟のほど、しかと承りました咲喜様。しかし銀水様の性格ですと‥」
『まあ諦めないだろうな。』
「‥‥お察しで?」
『どことなく性格の節々があの妖に似てる、あいつの諦めの悪さと言ったら折り紙つきだ。』
出会った瞬間に刀を突き付けられておいてよくもまあ毎日毎日追いかける気になるもんだと神経を疑う。
銀水との別れ際に届いた彼女の願いからして自分に害が無い事は十分に分かったが“友になりたい”というその願いには応えられない。
‥‥黒蝶と人魚族の姫が繋がるのは危険だ。
『いっその事きっぱりと突き放すか‥‥、心苦しいな。』
「申し訳ございません‥。」
『構わない、きっと銀水の方が辛い思いをする。お前たちの主の命を守るのに“黒蝶”など傍に居ない方がいい。辛辣な言葉に彼女は苦しむだろうから‥‥後の事は頼んだ、蓮水』
「お任せを」
「ひどいわ!!人の事をなんだと思ってるの!!二人して私を謀るなんて!!」
『実際はこんなもんか、企みなどと言うのは必ずしも成功するとは限らないんだな。』
「咲喜様、相手は銀水様ですもの」
“友に”、そう願う純粋な気持ち。
流れてくる心に泣きそうになった。だからこそ守りたいと誓ったのに。
銀水の方が上手だったな。
あと、認めたくはないがぬらりひょんにも助けられたと言う事か。
“あんたが傷つく”など‥‥、自分が傷つくことなど構わなかったのに、銀水さえ無事なら。
「じゃあ、」
そう言って銀水が隣に立った。
右手を前に差し出して、横から顔を覗き込まれる。
「これから私たち友達だわ。ね、咲喜」
もう見れないと思った笑顔が目の前にある。
これはもう‥
『私の負けか‥‥、』
苦笑して、左手を前に出して銀水の右手に重ねる。
一際輝く笑顔に見惚れたのも束の間、地を這うような声に息をのんだ。
「‥景気付けに周りの妖たちは殲滅ね。咲喜の正体を知ってる、生かしちゃおけないわ。」
『‥‥‥‥』
そういえば戦闘好きだと蓮水が言っていたかな‥。
纏う妖気も様変わりするかのように質量を増した。
掴みにくい姫様だ。
「ほれ、咲喜。」
「っ投げるな妖!!」
『っ、仙狸!?』
ぽい、とぬらりひょんに投げられた仙狸が腕の中に納まった。
毛を逆立てて怒ってはいるが飛びかかるつもりは無いらしい、周りの状況がそうはさせないんだろうが。
「さて、大暴れと行くかのう」
わざとらしく袖を捲るぬらりひょんが愉しげに口角を上げる。
片腕を大きく回すその後ろ姿にありがとな、と小さく声を掛けた。
一瞬動きが止まったが、聞こえていたのかもしれない。
『仙狸、行くぞ』
燃え上がる炎に手を挿し込み刀を抜いた。
“友”を得た最良の日に、殺られるつもりなど毛頭ない。
この縁が何に繋がるのか定かじゃない。
それとも銀水には視えているんだろうか。
永く永く、友として在る事が出来れば、と思う。
四百年後にその存在が消えてしまうのだとしても、ずっと。
<終わり>
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