黒髪の、綺麗な人だった。
なぜ三日間と言う期限を付けたのか自分でもよくわからない。

長い長い間、友など持とうと思ったことは無かった。
周りには煩いながらも蓮水を始めとした皆がいたし、なんだかよくわからないけど夫もいる。

人魚族の姫として、友を必要とはしなかった。
血と肉が妖を呼び、髪の一房でさえも狙われる。

未来が見える自身の能力も、一体何の役に立つというのか。
四百年後に死ぬ、そのことが分かったからなんなんだろう。

疑問が大きくなって、いつからかそれは不安になった。

ねえ、死は怖い?
死は苦しい?
辛いのかしら、それとも痛い?

私は未来が見える。
自分の死が見える。

でもわからないの、
死を迎える瞬間、私の心はどうなるの?


私の娘は、どうなるの?



黒蝶に惹かれたのは“死”によるものなのかもしれない。
“死”に実体があるのなら、きっとそれが引き合わせたに違いないと。

話に聞くように美しかった。
でもそれ以上に心が強かった。


どんな未来でもどんな死でも、それまで私は生きるの。
生きて生きて、死に向かうのではなく自分の為に。

だからあなたと繋がりが欲しかった。


「咲喜‥‥‥‥、」

「危ない!銀水様!!」

「蓮水?‥っな、に!?」


名を呟いて、顔を上げると体を包んだ黒い炎。
蓮水が飛び出して水で炎を払わなかったらどうなってたか。


黒炎を操る者など‥一人しかいない。


『成程、殺気に疎いと言うのは先日聞いた通りのようだ。』

「どうして‥‥‥」


木陰から出てきたのは唯一その炎を使役することが許される黒蝶――咲喜だった。
出会った時と同じ、漆黒の髪に瞳。違うのは‥彼女から放たれるのが強い殺気であることだ。


「咲喜‥様‥‥‥」

『”様”など不要だ、お前たち妖にとって私はそこらの供物と同じ。敬うような態度を取られるのは不愉快だ。』

「そんなこと私は!」

『黒蝶がこの地にいると知られては困る。ただでさえ狐の目を欺くのに必死なんだ、今すぐここを去るか、それともすでに甘受している死を今この時に迎えるか。


―――選べ、人魚族の姫。』


咲喜の右手に炎が灯る。
ゆっくりと掲げられるそれは鮮やかで、哀しいまでに美しい。
贄である黒蝶に与えられた暗い深淵を思わせる唯一無二の闇色の炎。


「咲喜‥‥」

「咲喜様!なにもそこまで‥!」

『黙れ蓮水。選べないと言うのならば、私が選ぶ!』


咲喜の声と共に炎が大きく膨れ上がった。
迷うことなく向かってくる炎に動く事が出来ない。


――ここから去れ、銀水。頼むから‥‥


哀願するような、小さな咲喜の声が聞こえた気がした。

どうして‥


「なぜなの!‥咲喜!!」






「そこまでじゃ。」



悲鳴のように放った叫びで炎が止まることは無く、
しかし突然現れた男の声で目の前の闇が掻き消えた。


「‥ぬら‥‥り‥ひょん‥‥‥?」




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