「ねえ、泉。今日何の日か覚えてる?」
「今日?」


朝、練習終わりの泉に少し期待を含ませ聞いてみた。だけど泉は首を傾げて、うんうんと唸っている。分かっていたけど、本当に覚えてないとなると、少し悲しくなった。


「あのさ、今日は部活休みなんだよね?」
「え、あ、まあ…」
「少しでいいの。ちょっと残っててくれる?」
「何だよ、気になんじゃん」
「まだ秘密」


私は上機嫌のまま席に戻っていった。今日は大切な日。あなたは覚えていないけど、私にとってはすごく大切な日なの。

約束をこぎつけただけですごく嬉しくなっちゃって鼻歌なんか歌ってみたり。だから周りなんか見えてなくて、泉がまたあの子と消えてるなんて思いもしなかった。


………


放課後、誰もいなくなった教室にぽつんと一人。さっきまでいた泉の姿は見えない。まさかすっぽかしたのかと思い、ドアの方を振り返ると同時に、泉が教室に入ってきた。安堵して駆け寄ると、泉の表情は暗い。そして俯いたまま呟くように言った。


「ごめん…今日無理になった」
「え…」


目の前が真っ暗になった。頭を鈍器で殴られたような衝撃と、動揺。いつもならそっか、だけで引くけど今日は引けない。今日だけは。


「ちょっとでいいんだよ?」
「俺、行かねェと…」
「あの子、のところに…?」
「……」


泉は何も言わずに俯いた。それは肯定を意味しているようで。さすがに腹が立った。あの子は今日でさえも、私から泉を奪っていく。


「やだ…お願い、行かないで」
「…ごめん、明日埋め合わせすっから」
「今日じゃなきゃダメなの!お願い、泉。行かないで」
「我が儘言うなよ…」
「あの子の方がよっぽど我が儘言ってるじゃん!お願い、行かな・」
「あーもう!そんなに我が儘言うなら、もう付き合ってやんねーから!」
「っ!」


言葉が出てこなかった。その物言いは、仕方なく私と付き合ってるみたいで。嗚呼、やっぱり泉にとって私は都合のいい女としか思われてないんだ。改めてたたき付けられた事実に、私の目には涙が浮かんでいた。まだダメだよ、泣いちゃダメ。これ以上、泉を困らせたらダメなんだ。


「あ…ごめ・」
「ごめんね、我が儘言って」
「そんなつもりじゃ・」
「大人しく帰りまーす」
「待てよ、今のは…」
「早く行ってあげなよ。待ってるよ、あの子。私は大丈夫だから」


教室を出て下駄箱まで行ったところで、私の涙腺は壊れた。下駄箱を背にしてしゃがみ込む。こんなふうにされても、どうして嫌いになれないんだろう。どうして泉じゃなきゃダメなんだろう。

ねえ、泉?あなたは覚えてなかったけどね。今日は、私たちの大事な日だったんだよ。今日は…今日はね。


「付き合って一ヶ月目の記念日だったんだよっ…?」