テスト期間真っ只中のある梅雨の日。雨が降る。シトシト、シト。傘は、ある。ただ、肝心なのは隣の会話。下駄箱で雨音をかきわけ、私は必死で聞き耳を立てた。


「あれ、栄口帰んねェの?」
「傘忘れちゃってさー。雨がおさまるの待ってから帰るよ」
「そっか。じゃあなー」
「また明日ー」


弱った。いや、彼じゃなくて私が。会話から分かるように、隣にいる栄口くんは傘を忘れたらしい。多分、雨は止まない気がする。つまり栄口くんは帰れない。私は、傘がある。私は電車通学だし、傘を貸してあげればいいのだが、問題はそこじゃない。どうやって貸せばいいのか。消極的な私が彼に話し掛けるなんて多分できないだろうし、付け加えて私は彼に特別な感情を抱いている。


「どうしよう…」
「傘、忘れたの?」
「えっ?」


心の声が洩れていたらしく、それを聞いた隣に立つ彼、もとい栄口くんは話し掛けてきた。これはチャンス!頑張れ、私!


「か、傘は、ある…けど…」
「何だ、俺と同じかと思ったよ。じゃあ、誰か待ってるとか?」
「違、くて…あの…」
「?」
「栄口、くん…傘、ないから…」
「え?」
「あの…わ、たし、電車だから、よかったら…」


怖ず怖ずと傘を差し出した。栄口くんは目を真ん丸にして傘を見ている。うわぁ、私キモい。そんなに話したこともないクラスメートに傘なんか借りたくないよね。怖くて頭を上げられなくて、下を向いていると意外な言葉が降ってきた。


「でも俺が傘借りちゃったら、駅までどうやって行くの?」
「……あっ」
「……」
「……」


新たな問題発生。それで栄口くんが帰れたとしても、今度は私が栄口くんと同じ状況に置かれるのだ。もうやだ。私の馬鹿。せっかく勇気出したのに、自分で潰してどうするの。もう泣きそう。絶対変な奴だと思われた。


「じゃあさ、」
「…へ?」
「一緒に使うっていうのはどう、かな?」
「つ、つつつまり……あ、あいあい、相合い傘…ってこと…?」
「うん、そう。嫌じゃなかったら、だけど」
「あ、よ、よろしくお願いします…」
「こちらこそ」


そう言って栄口くんは傘をぽん、と開いて、優しい笑顔でどうぞって右側を空けた。控えめに隣に入ると、肩がぶつかりそうなくらい近い。遠くからだとそんなに思わなかったけど、背も高い。男の子なんだと、改めて思った。会話もなく、聞こえるのは雨が傘にぶつかる音だけ。それも何だか心地がよかった。周りから見れば、私達は恋人同士に見えてるのかな、なんて考えてたら、栄口くんが不意に口を開いた。


「傘ってさ、意外に外からは顔が見えにくいって知ってた?」


知らなかった、という言葉は栄口くんの唇のせいで消えていった。





   
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