奴は私が嫌いだった。不細工で、素直じゃなくて、嫌口ばかり言う私を、奴はひどく嫌った。理由なんか知らない。あいつと関わった記憶もない。直接的に嫌いと言われたわけでもない。それでも雰囲気とか態度が、私を嫌っていた。
(蝉も…悲しいのかな)
耳障りな蝉の声をそんな風に思いながら、私は校門前にいた。夏休みと言えど、校内には入れる。現に野球部の声が門まで響いているし。私はもちろん部活ではなく、夏休み前に提出のはずだった課題が間に合わず、今日持ってきただけ。それだけだったのに、まさか会うなんて思わないじゃないか。
「…何しに来たんだよ」「プリントの提出。もう帰るから」それだけを交わし、私は高瀬の隣をすり抜けた。はずだった。それを阻んだのは、高瀬の腕。私の左腕は高瀬の右手に掴まれていて、なかなか離してくれそうにもない。「何…?」うっとうしげに聞くと、あいつはいつも以上に真剣な顔で言った。
「好きだ」 「…は?」 「お前のことが、好きだ」
何を言い出すんだ、こいつは。暑さで頭が煮えたのか。夏休み前まで、あんなに私を嫌っていたじゃないか。何の冗談かと思えば、高瀬はまだ真剣な表情のままで。本気なんだと、思わざるを得なかった。「わ、私…は」上手く言葉が出ず、もごもごと口を動かすと、高瀬はフッと笑って顔を近付けてきた。キス、される。直感的にそう思い、ギュッと目をつむった。だが、熱を感じたのは唇ではなく耳だった。熱い吐息を混ぜ、高瀬は嘲笑気味に囁いた。
「嘘」 「……え」 「全部嘘だよ。まさか本気にした?キスされると思ったんだろ」
ククッ、と腹を抱えて笑う高瀬に心底恥ずかしくなった。全部嘘。冗談。からかっただけ。顔を上げられなくなっている私に、高瀬はとどめの一言。
「俺はお前が嫌いだったよ、ずっとな」
蝉の声が、強くなった気がした。
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