同じクラスの榛名くん。ちょっぴり苦手な、いやかなり苦手な榛名くん。何かと突っ掛かってくるっていうか、私にだけ冷たくて、笑いかけてくれたことなんか一度もない。それでも榛名くんは突っ掛かってくる。嫌いなら、無視すればいいのに。


「おい」
「な、何…榛名くん」
「ノート」
「はい?」
「今日提出のノート、あとお前だけなんだよ。早く出せ」
「あ…ご、ごめんなさい。はい」


慌ててノートを差し出すと、榛名くんは引ったくるようにノートを受け取って、教室を出ていった。あれ、でも確かノートを集めるのって日直である私の仕事じゃ…。私は急いで榛名くんの後を追った。


「は、るなくん!」
「……何だよ」
「それ、私の仕事…」
「あ?俺も日直だけど」
「え…」


当たり前のように言う榛名くんを前に、血の気が引いた。まさか、あの榛名くんと一緒に日直だなんて。日直の仕事って、ノート収集の他に、日誌書いたり放課後に黒板を綺麗にしたり、とにかく二人になる機会が多すぎる。どうしよう、生きて帰れる自信がない。悶々と悩んでいるうちに、榛名くんはもういなくなっていた。


………


どうにか二人になるのを避けようと、一日中脳みそのない頭で考えていたのだが、やっぱりいいアイディアは思いつかず、放課後がやってきた。嗚呼、もう泣きたい。

特に会話もなく、仕事も順調に終わり、残すのは日誌だけとなった。こればっかりは一人で勝手にやるわけにはいかない。意を決して私は口を開いた。


「あの…」
「何だよ」
「日誌は私が書いとくから、榛名くんは部活行っていいよ」
「だからってお前だけにやらせるわけにはいかねェだろ。俺もやる」
「え、でも…」
「いいっつってんだろ」
「うっ…あ、はい…」


強く圧されて泣きそうになるのをグッと我慢して、私は席に座った。榛名くんは前の席の椅子に、机を挟むように座る。完全に逃げ場を失った私は、シャーペンも上手く握れない。震える手を見て、榛名くんが小さな声で言った。


「そんなに二人になるのが嫌なのかよ…」
「え?あ、いや…そんなこと…」


顔を上げると、拗ねたようにそっぽを向く榛名くんが。こんな顔もするんだ。榛名くんの意外な一面を見た気がして、心の奥がポカポカとした。


「恥ずかしい、から…」
「何が?」
「男の子と二人きりとかになったことないから、恥ずかしくて…」


そう言うと榛名くんは驚いたように目を大きく開いてじいっと私を凝視している。自分でもびっくりした。苦手な榛名くん。はっきりそう言ってしまえばいいのに、口から出た言葉は、まるで私が榛名くんを好きみたいだ。


「ふーん…あっそ」
「ご、ごめんなさい…」
「俺もう部活行くから、あとよろしくな」
「あ…はい」


教室を出ていく榛名くんの背中を見て、何故か悲しくなった。やっぱり私、変なこと言っちゃったかな。さっきまで居心地の悪さを感じていた二人きりの教室が、今は一人の教室の方が居心地が悪く感じて。何だか虚しくなった。


(もう帰ろ…)


日誌はまた明日提出すればいい。ただ今はこの教室を離れたかった。何か今日の私、変だ。榛名くんが嫌じゃなく感じたり、榛名くんが気になったり。変どころの話じゃない。私は榛名くんにだんだん惹かれはじめてる。


「私は、榛名くんが好き…?」
「何で疑問形なんだよ」


独り言に返事がされるとは思ってなくて、しかもその声の主は榛名くんで。私の心臓は今にも飛び出そうな勢いだった。


「え、あ…あの…」
「……日誌、書かねェのか?」
「あ、明日の朝、書くから…」
「ふーん」


返事はやっぱり興味がなさ気な様子だった。榛名くんはいつも掴めない。近付けば冷たく突き放して、引いたら優しくして。だから、私は苦手なのかもしれない。自分だけの人には、絶対になってくれない人だから。


「榛名くん…は、狡いね…」


やっと出てきた言葉は随分と的外れなもので。榛名くんだってきっと困ってる。この場の雰囲気に堪えられなくて、私は歩き出した。


「あのさ」
「な、何…?」


少し歩いたところで後ろから榛名くんに呼び止められた。振り向くと、少し顔を赤くした榛名くんが聞き取れるか聞き取れないかくらいの声で言った。


「何でいつも逃げんだよ」
「え…?」
「いい加減、傷付くっつの」
「何で、榛名くん、が傷付くの…?」


いつも意地悪を言う榛名くんがそんな風に聞くのがすごく不思議で。だから聞き返してみたのに、榛名くんは顔を今以上に赤くして、そっぽを向いた。そして怒ったように、声を張り上げて言った。


「お前のことが好きだからに決まってんだろ!」


ぶわわわ、と今度は私が顔を赤くする番だった。榛名くんがあんなに意地悪を言っていたのは、多分きっと好きな子には冷たくしちゃうタイプなんだ。実は榛名くんってすごくわかりやすいんだな。分かってしまうと、何だかすごくおかしくなって。クスクスと笑うと、榛名くんは眉間にしわを寄せてムスッと不機嫌になった。嗚呼、やっぱり分かりやすい。


「…何だよ、笑うところじゃねーだろ」
「ごめんねっ、何か可愛くって」
「はあ?」
「ううん、何でもない」
「意味分かんねェ…。で?」
「うん?」
「返事」
「嗚呼。えとね、私も…好きです。……多分」
「多分って何だよ!」
「だって今気が付いたんだもん。でも、榛名くんに惹かれはじめてるっていうのはホントだよ!」
「……じゃあ、いい」


そう言って榛名くんはそっぽを向いて歩き出した。これは照れ隠しなんだな。本当に、分かってしまえば何とも愛しい人。ごめんなさい、榛名くん。ちょっと嘘つきました。私、あなたにかなりハマってるみたい。






   
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