一撃☆おにいさん | ナノ

 うちでは新聞をとれないので、いつもバイト先の店主にチラシをもらっている。どこのスーパーの冷凍食品が安いとか肉が安いとかポイントが五倍だとか。赤いマッキーで丸印をつけるなんてイマドキの主婦はしないんだろうなぁ。きゅきゅっといい音がして、特売品の豚バラ肉を赤い線が囲んだ。今日の夕飯は野菜炒めでいいだろうか。先生に聞いてみよう。自前のバイト用エプロンのポッケの中に小さく折りたたんでチラシをしまった。
 自動ドアの前を歩いている大学生やお昼休憩だろうサラリーマンの姿をぼーっと眺めながら、私はひたすらに本の整理をしているフリをする。店長であるおっさん、ナカムラさんはきっと奥で事務作業と称して昼寝でもしているころだろう。これで時給が発生しているのだから驚きだ。この時間帯のアルバイトは私しかいないけど。
 よく来てくれる常連さんや立ち読みにきた中学生、いかがわしい本を買っていく女子たちを見送りながら、時計の針が午後五時をさしていることに気が付き慌ててナカムラさんをたたき起こした。

「今日お肉安いんで残業しませんよ! 起きてください!」
「おー。起きてる。寝てない」
「なんでそういう嘘言うかなアンタは。もう帰りますよ? 聞いてます?」
「おー。聞いてる。おつかれ」
「はいはいお疲れ様です」

 ロッカーにエプロンをいれてカバンを取り出し、ジェノスに荷物持ちに来いとメールを送る。原付では持って帰れる量に限度がある。最後にナカムラさんに声をかけて店を出ると、ちょうど返信がきた。「向かっている」さすが主夫、今日の特売日を知っているとは、あなどれない男だ。ヘルメットをかぶって鍵を回す。大きく吠えた原付のハンドルを撫でながら「ガソリンは明日いれるから」と言い訳じみたセリフを吐いた。アクセルを回して、私は今日も肉のために走る。


★ ☆ ★


 塩胡椒でシンプルに味付けた野菜炒め。水で出した玄米茶と美味しい白米。それから小粒の納豆とひきわり納豆。

「明日はF市のむらしまで服が安いみたいよ」

 先生は豚肉七、野菜を三の割合で取っていく。ジェノスは気持ち悪いくらい半々だ。私は肉、その次が野菜といった具合に交互に取る。性格バラバラだな、なんて考えながら、袖のないタンクトップを着るサイボーグの顔を見た。

「タンクトップも安いと思うし、明日行こうよ。バイトも休みだし。先生もたまには服買いな」
「そろそろTシャツの季節だしなぁ」
「先生が行くなら俺も」
「いやあんたの服買いに行くんだっての」
「人に箸を向けるな」
「はいはい」

 もしゃもしゃと肉を平らげていく先生と、静かに箸を進めるジュノスと、ひたすらに話しかける私。先生は小粒納豆をかき混ぜはじめるし、ジェノスは天気予報の時間だとテレビの電源をつける。なんだか、本当にマイペースだ。そしてそれが普通だ。恐ろしいくらいに当たり前になっているのが、恐ろしい。前はひとりが普通だったのに。

「ジェノス、キャベツ落とした」
「あ」
「ちゃんとテーブル拭いとけよー」
「はい」

 なんだ、明日晴れじゃん。買い物日和だねぇ。白髪の目立つ男性アナウンサーの声を聞きながら、明日の朝ごはんの心配をする私は、すっかりこの家の母親みたいだなぁ。茶碗に残った米粒を二つ、箸でつまんで口の中に放り込んだ。三人で行く買い物が、今からとても楽しみで、もしかしたら今夜は眠れないかもしれない。

13.06.08