一撃☆おにいさん | ナノ

 私は一般人である。名前はスズメ。胸が小さいことが悩みの普通の女だが、普通じゃないことがひとつだけある。同居人が、サイボーグとハゲのプロでヒーローをやっている男ということだ。ひょんなことからふたりの家に転がり込んだ私は、主に食事を担当する家政婦というかなんかまぁそういう感じの立ち位置だ。
 私の朝は押入れの中で始まる。羽毛の偏った掛け布団を足元に畳んで、携帯の液晶に眩しさに目を痛め、爪を立てて押入れを開ける。目下にはサイボーグとハゲ、というシュールな光景にもなれてきた今日このごろである。ジェノスを踏まないように気をつけながら歩いて、気をつけられなかったサイタマ先生の足を踏んづけるが、彼はこれしきの事では起きないしきっと痛いとも思わない。「フガッ」と変な声が聞こえたが、聞こえなかったことにする。
 この家に住むようになった経緯は割愛させていただきたい。別にこれといって面白いエピソードがあるわけでもないし、なりゆきというか、私の家をぶっつぶしたのが先生だったというそれだけだし。もともと私物の少なかった私と、生活感のあまりないふたりが同居するのは不便でもなかったし、むしろ家賃が浮いて大助かりである。就活をやめてヒーローになった先生とは真逆に、私は就活に嫌気がさし正義に目覚めることなく堕落していき見事フリーター。商店街の小さな本屋で働いている。世の中って奇妙だなぁと彼らを見ていると思う。
 ピピピピピ。電子音が聞こえた瞬間にジェノスは目が覚める。ウィーンウィーンうるさいがサイボーグなので仕方がない。目に光が戻ると、すくっと立ち上がった。先生はまだ寝ているので、ただひたすらにピピピピ聞こえる。

「おはよう」
「ああ、おはよう」

 タンクトップパーカーを着たジェノスは皿に乗ったトーストをテーブルへと運び出す。マヨコーンをのせた食パンはとても美味しそうだ。インスタントコーヒーの匂いも好きだ。もともとコーヒー好きじゃないから匂いの違いとかあんまわかんないけど。

「目覚ましうっせーよ! 先生起きて!」

 ハンドタオルを水で濡らし、数十秒レンジでチンした蒸しタオルを先生の顔面にそっとかぶせると、しばらくしてガバリと起き上がる。目をかっぴらいた先生の姿なんて、そうそう見れるもんじゃない。ぜえぜえと肩で息をしながら勢い良くわたしの頭をぶっ叩いた。手加減はしてもらっているがいかんせん痛い。

「お前はいつもいつも蒸しタオルかぶせてくんな! 窒息するわ!」
「これで寝癖直しなよっていう私なりの優しさじゃ〜ん」
「どこに寝癖!? 喧嘩売ってるよね!?」
「おいスズメ、先生はハゲなんだからそういう嫌がらせはやめろ」
「なんなのお前ら!」

 ほかほかのタオルを頭に被ったまま先生は立ち上がり、カーテンを開けて太陽光を部屋にいれた。今日も素晴らしほどの快晴だ。外から聞こえるのは鳥の囀りだけ。ゴーストタウンとは不便だが快適だ。八割不便だが。

「今日はジェノスが洗濯当番だっけ」
「いや、スズメだ」
「……そうだったけ」

 たたむのは好きだけど、干すのは嫌いだ。それがどんなにいい天気だろうと。わざと舌打ちをするけれど、二人は飯だ飯だと無視をする。ひどい。あんたらより早起きしてるのに。窓をあけると風が冷たくて気持ちがいい。小さなテーブルを三人で囲んで、いただきますと手を合わせた。三人分のコーヒーとトーストが、平和の象徴みたいだ。

「あ、なんかでっかい鳥飛んでる。もしかしなくても怪人じゃね?」
「こっち来そう?」
「んー、こなそう」
「じゃあほっとけ」

13.06.07