「歯がいてぇ」
わたしの頭にひじを置くと、彼は不機嫌そうに呟いた。私は持っていたスコアボードから視線をはずして斜め上の白髪(彼が言うには銀髪)を見れば、眉間にぐっとシワを寄せて私を上から睨んでいる。キュッキュ、とスキール音が響き、今がゲーム中だと思い出す。先輩にまじって一人笑ってバスケをする青峰くんの声が鼓膜まで届いた。
「…灰崎、キミは虫歯って知ってる?」
「殺すぞおめー知ってるよ」
「そうか、馬鹿だから知らないのかと思った。灰崎、それは虫歯だよ」
そういって視線をゲームに戻せば、なにが気に入らないのか頭を肘でぐりぐりされる。もうすぐ全中が始まる。私に絡むくらいならスタメンになれるように練習したらいいのに。「虫歯じゃねーよ」。なにを根拠にそんなことを言っているのか皆目検討もつかないが、なぜか自信満々で答える灰崎はやはりアホだと思った。
「昨日の夜歯磨きした?」
「してねー」
「一昨日は?」
「さぁな」
「…灰崎」
「んだようっせーな」
「…歯医者さんが怖いなら一緒に行ってあげるよ」
「殺すぞまじで」
そんなこといいつつわたしの頭から肘をどかさないあたり、きっと本気じゃない。出会って数ヶ月、彼の愛情表現だということは理解している。
「灰崎」
「あんだよ」
「痛い?」
ちらり、上を向くと。さっきと変わらない不機嫌な表情で。でもやはり、無理をしているというか、痛みに耐えているように見える。灰色の髪がキラキラ光って、目にやさしくない。スコアボードをペン先で叩いて答えを急かすと、灰崎がチッ、と舌を鳴らした。
「いてーよクソ」
歯医者さん行って来なさい。そう言うと、一緒に来るんじゃねーのかよ! と耳元で叫ばれた。やはり彼は、歯医者さんが嫌いらしい。ビーーー、とブザーが鳴り、ゲームの終わりが体育館へ響いた。
「ハーゲンダッツ二個でいいよ」
「ほんとにしね」
親の敵を見るような目で見られ、私はスンと鼻を鳴らした。「じゃあいいよ」って言わないんだから、ほんとうにアホ。
12.09.06