目を覚ませばあなたがいる | ナノ

 楓が小学六年生になり、真太郎が小学三年生になった。引っ越してきたときは驚いたこの大きな家も、すっかり自分の家と認識できるようになった。今まで普通の大きさのマンションに住んでいた楓は、しばらく与えられた自分の部屋ですごす時間がひどく落ち着かず、必ず真太郎の部屋かリビングにいた。真太郎はそのたび嬉しそうに笑うので、楓まで嬉しくなり夜は一緒に寝ることもあった。初めての姉弟、という関係は、ひどく心地がいいものだと二人は思った。
 楓が自分の部屋で音楽を聞いていると、コンコンと、大きなノックが聞こえる。これは真太郎だとわかりながら、楓はどうぞと声をかけた。

「お姉ちゃん、今日はお父さんとお母さんが二人でデートに行くって。ご飯は二人で食べなさいって」
「そうなの?」
「そうなのだよ」

 真太郎が、楓の口調を真似しながら返す。最近では、どんなことにも「なのだよ」をつけるようになってしまった。これが口癖になったらどうしようかと考えたが、楓は心のなかでまぁいいかの一言で片付けた。ベッドに寝そべる楓に寄り添うように、真太郎もベッドに入り込む。そしてぎゅう、と抱きつくのだ。最近の子供は発育がいいと聞くが、まったくその通りだ。あんなに小さかった真太郎が、こんなに大きくなってしまった。自身の胸におでこを当てて抱きつく真太郎の髪の毛を、優しい手つきで撫でる。

「真太郎は、なにが食べたい?」
「お姉ちゃんが作るものはなんでも美味しいのだよ」
「リクエストを聞いてるんだけど」
「お姉ちゃんが作るものなら、なんでもいい」
「答えになってないよ」
「これが俺の答えなのだよ」

 そう言って真太郎は笑う。楓も同じように笑う。そして思うのだ、ああ、似てない、と。わたしと似てない。似てない。似てない。そうやって何度も繰り返しつぶやくと、心の扉をコンコンとノックされる。楓が扉をあけると、そこには絶望が立っている。

「そっくりだよ、驚くくらい」

 意地悪くそう言って、絶望は去って行く。楓の心に、深く深くトゲを刺して。
 楓は冷蔵庫の中身と戸棚の中身を頭の中で並べ、その材料で出来るものを考える。自分でも作れるものを、となるとかなりレパートリーは少ないが、真太郎はそれでもいいと言う。楓は冷凍庫のエビと戸棚に入っていたホワイトソースを思い浮かべながら、真太郎のおでこに自分のおでこを付けた。合わさる視線が、優しい色をしていることに、二人とも気がついていない。

「じゃあ、グラタンでも作ろっか」
「うん」

 幼い幼い弟。似てない髪色、それから目の色。顔はこんなにも、似てしまったのに。楓は髪を撫でていた手を止めて、綺麗なそれに小さく口付けた。真太郎は目元を赤らめ、楓を見つめる。

「リビング行こっか。美味しいグラタン作らなきゃ」
「……楽しみなのだよ」

 二人で並んでグラタンを作る。これはきっと、姉弟に許された特権というやつだ。弟のことを愛おしいと思うのは、罪なのだろうか。楓は幼い心で確かに、愛という文字を思い描いた。

12.12.25