わたしと全く似ていない“パパ”が消え、母親は笑顔で言った。わたしが小学三年になる前だった。春の木漏れ日を浴びながら、わたしと母は車に乗っていた。お出かけ用のワンピースを着せられたわたしは、ひどく浮かれていた。これから二人きりでご飯を食べに行くと思っていると、ハンドルを切りながら母は言う。
「お母さん、好きな人がいるの。あなたのお父さんに“なる”人よ」
すごく嬉しそうに、声を弾ませた。わたしは「そっか」と頷いた。そしてわかった。これから行く場所に、その“パパ”ではない好きな人がいることに。
レストランの個室の扉を開けば、そこにいたのは、美しい男の子と、美しい男性だった。緑色の髪が、オレンジ色の光に照らされてキラキラと光り、まるで外国に来たようだと思った。男の人がにっこりと「遅かったね」と微笑んだ。
「この人が、緑間さんよ。」
母親は笑った。
目の前にいる男の子を見て、わたしは思った。「この子が、弟だ。そしてこの人が、私の“ほんとう”のお父さんだ」。わたしの髪の毛はそんな鮮やかな緑じゃないけれど。モスグリーンの目を細めて言われた「はじめまして」。ゆったりと吐き出された言葉の真意を読み取って、わたしは言った。
「はじめまして。あなたが、わたしのお父さんに“なる”の?」
あえてそう言えば、男の人はうっすらと唇を開けて笑った。
「ははっ。……そうだよ、わたしが、君のお父さんになるんだ」
隣に座る男の子が、そっと目を伏せた。長くしなやかな下まつげが、ふるりと震えたのが見えた。
「そう……お父さん、なんだ」
パパはもういないのね。心のなかで呟いた言葉が、ひどく心臓をえぐった。そのときわたしのぽっかり開いた心臓に、絶望が顔を出す。「やぁ」。にっこり笑って、絶望はわたしを笑った。
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“お父さん”の名前は、柊二さんと言うらしい。お父さんは、にこにこと終始笑顔でわたしに話しかけてくれた。わたしの隣に座るお母さんも、目の前座るお父さんも、その隣に座る、真太郎くんも。みんな、わたしの家族だ。
楓は綺麗に盛り付けられたオムライスに、ぶすりとスプーンを刺した。
「真太郎くんは、おいくつなの?」
「……小学一年生になる」
「そっか」
わたしが小学三年になるところだから、二個違うね、と笑いかけると、真太郎は顔をぽっと赤くした。楓はスプーン盛られたオムライスを、ぱくり口にいれた。
「真太郎と仲良くしてやってくれ」
「うん、真太郎くん、美人さんね。きれいなお目々してる」
本心から思ったことを言えば、柊二はわずかに目を開いて、それから嬉しそうに破顔した。真太郎は、髪の毛や瞳が綺麗なクロムグリーンのせいで、同級生や上級生からのも、どこか一線をおかれ避けられがちだったのだ。真太郎もそのことに驚き、嬉しかったのか、大きな目をぱっちりとあけて、その綺麗な瞳に涙の膜をつくった。
「……おねーちゃん」
「え?」
「おねーちゃんって、呼んでもいい?」
真太郎の言葉に、今度は楓が驚く番だった。顔を赤くし、嬉しそうに笑う真太郎を見て、思った。ああ、似ている。そして同時に、愛しさを覚えた。母親に対する愛ではないアイが。絶望が顔を出した穴から同じように愛しさも生まれる。
「だってわたし、真太郎のお姉ちゃんだよ? いいにきまってるじゃない」
震える声でそう言うと、ここにいる全員が穏やかな笑みを浮かべた。楓はオムライスの隣にいたブロッコリーを、スプーンですくい上げた。なんだかこのブロッコリーは、わたしに似ている。楓はぱくり、ブロッコリーを口にいれた。
12.12.25