お話 | ナノ

 風呂から出てきた彼女はTシャツにハーフパンツとラフな格好をして俺の前に立っていて、「あちーあちー」とわめきながら、俺の目の前に背を向けて座った。言わんとすることはわかる。けれどそれに従いたくはない。

「邪魔だ。俺は今本を読んでいる」
「本ってそれ、もう何回も読んでるじゃん。いいから髪の毛拭いてよ〜」

 ぐいっと身体を倒し濡れた髪をくっつけようとするので、慌てて本をテーブルに置いた。

「お前な、いつもいつも泊まっていくたびに俺に乾かせるのはやめろ。めんどくさい」
「こんなときくらい甘えさせてよ〜ねぇ真ちゃ〜ん」
「いつもだろうが!」

 ぐりぐりと胸板に頭を擦りつけられ、シャツが濡れて冷たい。はぁ、と大きなため息を吐けば、それだけて彼女は「やったぁ」と喜んでタオルを手渡してきた。別に拭くとは言ってない。けれど彼女は俺以上に頑固で、一度決めたら絶対に動かない。あぐらをかいてiPhoneをいじる手を盗み見つつ、すでにしっとりとしたタオルで彼女の頭を拭いていく。
 俺は大学生になり、彼女は専門学生になった。実家から通う彼女は一人暮らしというものに強いあこがれを持っていて、週末になるとよく泊まりにくる。歯ブラシ、シャンプー、服などある程度のものは揃ってしまっていて、下手に高尾や黄瀬を家に招くと質問攻めにされるのでめんどくさい。あの二人にも彼女がいて――黄瀬は恋人と呼べる関係なのかわからないが――三人寄ると惚気愚痴大会が開催される。「名前がワガママだ」と言えば、二人は爆笑しながら「お前ほどじゃねーよ」と俺の肩を叩いた。

「ゴリ梨くん食べたくね?」
「……なにを見た」
「友達がアイスうまいってラインで画像飛ばしてきた」
「またか」

 ある程度水がなくなったところで立ち上がり、洗面台からドライヤーを持ってくる。熱い風を彼女に当てると「あっつい!」と首を横に振った。右手で首を掴み固定して「じっとしていろ」と低めの声で言えば、さっきまでの勢いはどこかに消え去り大人しく「はい」と返事をする。
 めんどくさいし乾かしてるこっちも熱くなるが、案外この時間も嫌いじゃない。水気がなくなり明るい色に変わっていく髪の毛が面白くも見える。

「アイスある?」
「……この間黄瀬が持ってきたイチゴのパルムなら」
「パルムか〜」
「食わなくていいぞ。自分でゴリ梨買ってこい」
「嫌だよ風呂入ったし」

 ドライヤーのせいで少し大きな声が不機嫌そうに聞こえる。指通りがよくなったところで止め、手櫛で整える。

「パルム食べたい」
「ゴリ梨じゃないのか」
「パルムの気分に変わったのだよ」
「真似をするな……」

 ドライヤーを置きに行くついでに冷蔵庫の中からパルムを二本取り出した。空になった箱を潰さずにゴミ箱に捨てた後、あ、これはあとから名前に怒られるな。まぁいいか。なんて考えながらソファーに座る彼女にパルムを差し出した。隣に座って袋を開けたら、身体をぐるりと反転させた彼女が腕を伸ばし俺の肩を掴んだ。
 ぐっと顔を近づける。少し濡れた唇が頬に触れた。

「ありがと」

 ああもうくそ、本気で腹立つ。

13.07.10
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