お話 | ナノ

 子供のように腕をぶらぶらとふって、大きな歩幅でゆっくりと歩く。身長差がある分脚の長さも違う。俺は彼女に合わせていつもの半分くらいの歩幅にして、上機嫌でくるくると回る恋人を見つめた。夜遅い住宅街を照らすのは家から漏れる柔らかな光と街灯。こんな姿を誰かに見られたら、こいつは「変人だ」と囁かれて、それを止めない自分も変人だと言われるに違いない。もうすでにチームメイトたちには変人扱いされているのに。やるせない。

「緑間はさ」
「ん?」
「好みのタイプってどんな感じ?」

 こいつは何を言っているんだろ。

「ひとつ確認したいのだよ」
「なぁに」
「お前と俺は付き合っているな?」
「え、違うの?」
「いや、違わないが……普通恋人に好みのタイプを聞くか?」
「うわ、緑間の口から普通ってワードが飛び出たことにびっくりなんですけど」
「おい」

 馬鹿にしたように笑って、くるりと振り向いて俺に向かって指を指した。後ろ向きで歩きながら一歩前を歩く姿に、心臓がひやりとする。こけそうで怖い。こいつは案外バカでドジだから、何もないところで自分の足に躓きかけない。「前を向け」彼女は「私はね、」と俺の忠告を一切無視して喋りだした。どれだけマイペースなら気が済むんだ。吐き出す予定のため息は、口を閉じて鼻から出した。

「178cmくらいの身長で、やんわりと優しそうなイケメン。そんで料理とか出来ちゃって、休日に家に遊びに行くとお昼ご飯作ってくれる、みたいな。そういうの憧れるっていうかさ。人並みに女子だから、私も」

 右手に人差し指が空中を駆けていく。空を指差したり自分の顔を指差してみたり忙しないやつだ。名前は友人の恋人がそんな感じでよく惚気を聞かされるのだ、と舌打ちをした。

「何が言いたい」

 真逆だ。俺と。
 なにひとつ当てはまらない。だからもしかしたら、これは彼女からの通知なのかもしれない。恋人の解雇通知、だなんて。らしくないセリフが頭の中をぐるぐると周りだし、少し眩暈がする。名前はゆっくりと、後ろを向いたまま歩き出す。道には誰もいない。

「なんでこんなに緑間が好きなのか、自分でも全然わかんないんだよね」

 ざり、とコンクリートと踵が擦れた。名前はぴたりと足を止めた。

「不思議なんだよなぁ。どうしてこんなに緑間が好きで、どうしようもないんだろう」

 それは愛の言葉なんて美しいものではなく、子供が親にするような、どうして空は青いのか。どうやって子供は生まれてくるのか。こっちが困ってしまうような、幼稚な質問だった。俺はそれに答えることが出来ない、ということだけ、はっきりとわかった。そして同時にすごく、ものすごく照れ臭い。
 眼鏡を押し上げるフリをして、左手で顔を隠した。自分の手のひらの大きさにこんなことで感謝するとは。世の中わからないことだらけだ。

「どうして俺に直接聞く……」
「うーん、本人目の前にしたらわかるかなって思ったんだけどさ。無理っぽいわ」
「……それは残念だったな……」

 こいつの素直さは、ときに残酷だ。どうして俺だけが照れなきゃいけないんだ。

「で、緑間の好みのタイプは?」

 まだ終わっていなかったのか。そしてその質問をすっかり忘れていた。
 名前は俺の右手を取って、隣に並んだ。ぐいっと軽く引いて歩き出す。相変わらず歩くのは遅いけれど、これがわざとだと知っているから、愛おしいとさえ思う。廊下ですれ違うときはあんなに速く歩けるくせに、俺と帰るときだけは、まるでスローモーションのようになる。
 ぎゅっと握られた右手から伝わる彼女の体温の高さに、笑いそうになるのを堪えて「さぁ」と、とぼけてみる。

「こんな風に恋愛感情を持ったのは初めてだからな。好みのタイプとか、よくわからないのだよ」

 彼女は俺を見上げて顔を真っ赤に染める。肩からずるりとリュックがずり落ち、握った手はしっとりと濡れていく。離そうとするのを無理矢理押さえ込んで、より指を絡ませてやる。

「意味わかんない……なんでこういうときにデレるわけ。えげつないんですけど」
「デレたわけじゃない。事実だ」
「だからそれがデレなんだってば!」

 泣いてないはずなのに、彼女の声は震え目はうるうると涙を溜めていた。自然と口元が緩み、腹のそこから笑いが込み上がってきた。彼女は肩からずり落ちたリュックをしっかりと背負い直して「ほんとやだ。つらい」とそっぽを向いた。

「おしるこ奢ってやるから機嫌を直せ」
「やだ、マッチがいい」
「奢ってやる」
「……ペットボトルね」
「なかったら缶だぞ」
「はーい」

 街灯に照らされた市民公園に自販機がいくつかあって、そこにマッチの缶が売っている。もったいぶってちまちまと飲む彼女を待って、俺は今日もベンチに座ってくだらない話に付き合うんだろう。そうしているとき、俺も同じように思う。どうしてこんなに好きなんだろう、と。

13.07.10