私よりひとつ年上の同期は、いつも困ったように笑っている。初めはそれが憎らしくも思っていたのに、今では可愛らしいと感じてしまう。その表情をずっと見ていたい。もっと困らせて、「名前」と切羽詰まった声色で名前を読んでほしい。それが所謂恋といつ病気なのは、ぼんやりと気がついていた。私も彼も兵士だ。それ以上でもそれ以下でもなく、兵士以外の関係は望めない。望むつもりもなかった。入団したときに幸せに生きるという希望は捨ててきた。拾うことが出来るのは、壁の外に出たときかもしれない。
いつもより具の多いスープを飲み、硬いパンを咀嚼する。談笑をする訓練兵たちの会話を耳に挟みながら前に座るベルトルトを見つめていると、彼は目を泳がせながら匙を置いた。
「あんまり見られると……食べづらいんだけど」
「……ごめん、つい」
「い、いや」
ベルトルトは左手でパンを持ち、右手でちぎった。その光景は脳裏に焼き付いた巨人のようで、喉が焼けるように熱くなった。込み上がった液体を押し込んで、ばれないように息を吸った。
五年前、巨人が人をちぎり食べる姿を見てから、心から美味しいと思って食事をしたことがない。母親の味ももう忘れた。生き別れたけれど、きっと、どこかに生きてはいるだろう。それは推測などではなく、私地震がそう思わないとやってられないというのが本音だった。私も同じようにパンをちぎり、口に運んだ。
「ベルトルト」
「……なに?」
「呼んでみただけ、ごめん」
舌が回る。彼の名前を呼ぶことが好きだ。歯触りがいい。スープから立ち上がる湯気が静かに消えていく。
パンを食べる彼の顔を真正面から見ながら、いつだか高い鼻が好きじゃないのだとぼやいていたことを思い出す。私は好きだよ、と言ったとき、顔を赤くしたことも、ありがとうとお礼を言ったことも、思い出した。
「君のごめんっていうの、口癖だよね」
「そう? あんま気にしたことなかった」
「……よく言ってる」
言葉を選ぶのはベルトルトの癖だよね、とは、言わなかった。彼はきっと自覚しているし、あえてそうしているのだ。自分の口から出た言葉を恐れている。
ベルトルトの隣に座っているライナーは、その隣にいるエレンと話している。私たちの会話を聞いているのかいないのか、判断は出来ない。テーブルに落ちたパンの屑を床に落として、居住まいを正した。彼の視線が私に向いていることはわかったけれど、この瞬間は、どうしても顔が見れない。
「あのさ。ご飯食べたあと、ちょっと時間ある?」
いつもと同じセリフをいつもと同じように言うだけ。それなのに、訓練のときと同じように心臓は跳る。ばくん、と脈打った心臓が血液を回し、身体がじんわりと熱を持つ。縋るような思いで顔をあげると、そこにはいつものように笑っているベルトルトがいる。匙を片手に持ち、目尻を下げた優しげな顔。憎らしいほど、愛おしい表情だ。
「……うん、多分、大丈夫」
いつもと同じ、了承の返事だった。それに頷くと、私はそれ以上なにも言わない。食べ終わった食器を持ちに立ち上がる。心臓はゆっくりと動いている。緊張するのは一瞬だけだ。聞かれたらどうしょう、ではなく、断られたらどうしようと考えるから緊張するし、怖くなる。
エレンはスープを飲み、ベルトルトはパンをちぎった。ライナーだけが、そっと私のことを見ていた。
13.05.22