お話 | ナノ

 ちゅ、ちゅう、と吸い付く黒子くんの頭をやんわりと撫でると、より一層強く肌に吸い付かれる。視線を滑らせ、黒子くんの透明とも言えるアクアブルーの髪の毛を見つめた。私の首もとから顔をあげ、満足そうに笑った彼に欲情しないと言えば嘘になる。あんがい私も、いやらしい女なのかもしれない。こうなったのは十中八九、黒子くんのせいだけれど。きっと私の鎖骨には、綺麗なマーキングがされているのだろうな。私のあられもない声が、彼の部屋に反響した。

「…いい、ですか」

 髪の毛と同じ、透明な瞳にはわずかに情欲の火が灯っていて。太ももを撫でる手はカサカサとして熱く、男だと意識させられる。何度目かは忘れてしまったけれど、いつもハジメテのような気分になるのは、相手が黒子くんだからだろう。




「黒子と上手くやってるようだな」

 ロッカールームの扉を背に、腕を組む赤司くんはそれはたいそう様になっている。手首のテーピングをお願いされたからここにいるはずなのに、なぜ彼は普通に動かしているのだろうか。赤司くんはくすりと笑い、ベンチへ腰掛けた。ロッカーに入っている救急セットを手にとって、私も同じように、彼の隣へ座る。あまり座りたくなかったけれど、彼の視線がそれを許さなかった。

「…いきなりそんなことを聞いてくるのは珍しいね」
「俺だって部員の色恋沙汰には興味があるよ」
「それは、意外だね」

 嘘ばっかり、なんて言えなくて、救急セットをあけてテーピングを取り出した。彼の左手を掴んで、場所を確認する。テーピングを彼の手首に巻きつければ、彼は楽しそうに言う。

「黒子にマーキング趣味があるのははじめて知ったな」
「っ、はぁ?」

 思わず咳き込みそうになるのを堪え、赤司くんを睨む。

「シャツの隙間から、キスマークが見えるんだよ。普段は見えないギリギリのラインにつけるとは、あいつもなかなかだな」

 テーピングをするときに上半身を曲げたから、シャツの隙間から見えたのか。慌てて首もとを抑えるが、目の前の赤司くんは至極楽しそうに笑っている。にたり、と、人の中身を見透かしたような笑い方が、私は苦手だ。テーピングを終え、救急セットを手にしてベンチを立ち上がろうとすると、彼が私の腕を掴み引き寄せる。どす、とまたベンチに腰をかけるはめになった。思わずこぼれそうになったため息を慌てて飲み込む。隣に座る赤司くんは涼しい顔をしていて、腹が立つ。

「部員に示しがつかないとでも言いたいの?」
「そうじゃない、ただ俺が気に入らないだけ」
「はぁ?」

 意味がわからない、と眉間にシワを寄せると、彼が私の首をつかむ。力は入っていないから、苦しくはない、けど。けれど、鳥肌が立つ。ただ掴まれているだけなのに。指一本動かせない。ねぇ、と彼の口が動く。首に触れている皮膚は、ザラザラとして冷たかった。
 すると、勢いよくロッカールームの扉があいた。

「赤司くん!」

 焦燥が滲む声は、確かに愛する彼のモノだ。首を包んでいた圧迫感がなくなり、私は全身の力が抜け、冷や汗をかく。

「彼氏様の登場か」
「茶化さないでください」

 赤司くんが立ち上がると、黒子くんが私を背にして間に入ってくれる。黒子くん、と名前を呼ぶと、すいませんと弱々しい声が返ってきた。悪いのは黒子くんじゃないのに、なんて言えなかった。手は震え、冷たい。まるで、赤司くんのように。何時の間にか赤司くんはいなくなり、私のそばには黒子くんしかいなかった。ベンチに腰掛け、強い力で私を抱きしめてくれる。触れ合った身体があつく、彼が慌てていたことがわかる。だんだんと手の震えは収まり、呼吸もしやすくなる。

「黒子、くん」
「…はい」
「黒子くん」
「はい」
「キス、して」

 彼は何も言わず、キスをした。薄っすらを口を開ければ、当然のように彼の舌が差し込まれる。目を閉じれば浮かぶのは、アクアブルーの瞳ではなくワインレッドの瞳だった。胸に浮かんだ罪悪感をかき消すように、黒子くんの髪の毛を撫でた。ワインレッドの瞳に見えた彼の熱情には、気づかないフリをした。

12.07.28