お話 | ナノ

 俺の姉ちゃんは、ぶっちゃけそんな美人ではない。年の差は二つ。私立の中学に通った俺とは違い、普通に小学校から繰り上がり中学生になり、高校は霧崎第一に通っている。なんでそこにしたんだと問えば、制服が可愛かったからだと真顔で言われる。ぶっちゃけ俺は、そんな姉ちゃんが世の中の女で一番好きだ。
 昼食を終えてソファに腰掛けたテレビをつけた。姉ちゃんはカラン、と涼しげな音をたてる麦茶のコップを両手に持ち、俺に手渡した。さんきゅ、と小さく礼を言うと、無言で俺の隣に腰掛けた。ずずず、と音をたてて麦茶を飲む。暑いお茶じゃないんだから、と何度言ってもやめはしない。姉ちゃんはソファに座るなり録画したアニメを観ようとし始めた。あードラマみてたのに、とボヤくが、姉ちゃんはしかと。つれないなぁ。

「今日も母さん遅くなるってよ」
「まじかー」
「夕飯、何がいい?」

 俺の肩に頭を乗せて、リモコンをいじる姉ちゃんに、なんとも言えない満足感がうまれる。姉弟であることはわかりきっているのに、彼女の仕草に女を見る。

「姉ちゃん特製ハンバーグ」
「えー肉ぅ?」
「暑いときこそスタミナっしょ」

 バスケ部だなぁ、なんて笑う姉ちゃんは、美人じゃないのに綺麗だと思う。同じ血が入っているのは、呪いなのだろうと、思う。アニメが始まり、姉ちゃんは俺の肩に頭を乗せたまま画面に釘ずけ。俺とは違うブラウンの髪を撫でながら、同じようにテレビを観る。あー、姉ちゃんの好きそうな感じだな、と思う。恋愛系。どろっとしていて、青春とは言えないようなやつ。

「涼太、最近彼女できないね」
「姉ちゃんこそ、最近彼氏出来てねーじゃん」

 髪を撫でていた手が震えたことを、姉ちゃんは気づいてしまっただろうか。中学生のときは、それこそお互い恋人がいたし、家に連れてくることもあった。連れてこなくても、お互い報告していたのだ。決めたわけじゃない。ただ、暗黙の了解のようなものだった。別れる理由はいつも、姉ちゃんだった。シスコンと言われる。シスコンだったらどれだけいいだろうとも、思った。

「私は今は欲しくないっていうか」
「俺も別に姉ちゃんがいればいいっていうか」

 そう言えば、ひゅ、と息を呑む音が聞こえた。冗談だよ、なんて言うつもりはなかった。どっちみち、手に入らない。心も体も手に入れたって、姉弟であるかぎり、結婚もできないし子供も作れない。天は二物も三物も与えてくれたけれど、本当にほしいものはくれなかった。才能と引換に、俺は呪いをもらった。
 カラン、と麦茶の氷が音を立てた。アニメはCMに入り、くだらないアイドルのCDジャケットに嫌気が刺す。こんど雑誌で一緒になるとか、マネージャーが言ってたっけ。姉ちゃんの髪の毛を撫でる。

「私も、涼太がいればいいかな」

 思わず、彼女の髪の毛をぎゅっと掴む。どくどくと動き出す心臓がうるさくて、聞こえるんじゃないかと頭が痛くなってきた。

「姉ちゃん…、それ、わかって言ってる?」

 見つめた瞳は、一切の迷いもなく、涼し気な黄色。俺と同じ色。姉ちゃんは俺を見上げて、泣きそうに笑った。諦めたような、覚悟を決めたような、女の顔だった。

「ずっと前から、わかってたよ」

 ごめんね。
 俺の頬を撫でる彼女の手が、ひどく暖かく、ぽたり、彼女の顔に俺の涙が落ちた。報われたのに、報われない。親不孝者でごめん、と心の中で小さく両親に謝罪をした。「好き」その一言に、また俺は彼女の顔に雨を降らせた。彼女の手をにぎると、暖かかった。ああ、同じ血が流れているんだ。がらにもなく、死んでしまいたいと思った。

12.07.31