お話 | ナノ

 窓ガラスに映った自分の顔を見ているのか、それとも景色を見ているのか、俺には判断もできない。新発売のシェイクを一口飲んだきり、彼女はだんまりを決め込み、ただひたすらに、窓ガラスを睨んでいた。
 いつもより、肌にムラがないし、目も大きく見える。染めていない髪の毛は横でひとつにくくられていて、少し幼く見えた。トレンチコートの下から現れた真っ白なブラウスは、古着屋で買った掘り出し物だと言う。似合っていると素直に感想を言えば、彼女は甘いモノと苦いモノを一緒に食べたような、中途半端な顔をして「ありがとう」と顔を伏せた。
 少し遅れる、と連絡を貰い、まだ五分しか経っていない。短めな爪でテーブルをカリカリとなぞる彼女は、きっと、俺のことが得意ではない。嫌われてはいない。好かれてもいない。俺達の距離感を言葉にするならば、他人、というのが一番適切なのだろう。彼女にとって、俺は他人。

「遅いね」

 窓ガラスをにらみながら、彼女はゆるく微笑んだ。

「ああ、そうだな」

 遅れる、と連絡をしたということは、少なくとも十五分は来ない。五分くらいであれば、あいつは連絡しないからだ。走れば間に合うと思っている。時間に正確なやつだから、遅れることはめったにないが。彼女はシェイクに口をつけ、ゆっくりと吸い込んだ。ストローを通る薄い緑色の液体を見ていられなくなり、彼女と同じように窓の外を見た。紙コップを置く音が、小さく聞こえる。視線を戻すと、めずらしく彼女も俺を見ていた。

「木吉くんが飲んでるのなに?」
「俺のはコーラ」

 そういうと彼女は少しだけ残念そうに肩をすぼめた。

「そっか。コーヒーだったら一口もらおうかと思ったんだけど」
「へぇ?」
「甘すぎてちょっと、口直ししたくて。でも買うのはめんどうだなって」

 ストローについたグロスを指で拭うと、それをティッシュで拭った。血の気のない真っ白な指に、ピンク色の液体はよく映えるなと考えていると、テーブルに置いた携帯が震えた。すばやく彼女が「日向くん?」と質問を投げた。

「ああ。どこらへんにいるかってさ。もうすぐ来るんじゃないか」
「そっか」

 そんなほっとしたような表情をさせる日向が、羨ましい。心臓に刺さるナイフを抜き取るのだって辛いのだ。なにが鉄心だ。奥歯を噛み締めて口角を上げ、すっかり作り慣れた笑みを彼女に向けた。彼女の視線は窓ガラスから俺の向こう側へと移った。おなじみの電子音と、店員の明るい挨拶。

「日向は多分コーヒーだろうな」
「うーん、そうだといいんだけど」

 ストローを咥えた。伏せられた睫毛は黒く、長く、彼女の魅力を引き出そうとしている。
 にぎりつぶさないように注意しながら、コーラを持った。ストローを噛む。道行く人たちを眺めるふりをしながら、俺は日向の登場を、悔しさ半分、嬉しさ半分で待つ。窓ガラスに映った俺の顔は、まるで化け物のようだ。

13.03.27 - 13.03.28