お話 | ナノ

 洗濯物を干す私をじいっと見ながら、新八は冷め切ったお茶を飲んでいた。

「最近、どうも寝れないんだよネ」

 その言葉に、私は思わず手の動きを止めてしまった。新八に気付かれないように「それは大変だね」と明るい声を出して、竿に服を吊るしていく。新八は「枕替えようかなぁ」なんてぼやいていた。
 新選組の女中は、私一人になってしまった。炊事洗濯などが主な仕事だ。最近は隊士の数も増えてきたので、みんなが手伝ってくれることも増えた。ありがたい反面、とても申し訳なかった。ここ最近みんなが疲れていることも、やたら気を使って生活しているのもわかっていたからだ。とくに、新八や左之、土方さんはひどく疲れていた。沖田さんも近頃は体調も優れなく、床に伏せたままだった。
 新八はお茶を啜りながら空を見ていた。私は空になった籠をかかえて、縁側に腰掛けている新八の隣へと座った。

「……寒くないの、こんなとこにいて」
「別に、寒くはないヨ」
「そっか」

 隣に座った新八は何を考えているのだろう。重たいまぶたに押しつぶされてしまいそうな目は空を見たまま動かない。
 平助が屯所を出ていってから、何日経っただろうか。数えてはいないが、まだほんの数日だろう。空になった籠を足元に転がして、私は彼の冷め切ったお茶に手を伸ばす。すっかり冷たくなってしまった陶器の温度に顔をしかめると、新八は「もう冷めてるヨ」と笑った。光のない眼に、私は小さく頷くだけで返事をした。
 こくりと喉を通るお茶は美味しいけれど、なんだかすこし寂しい味がした。青空に浮かぶ白い雲が駆け足で流れていく。洗濯物はパタパタと音を立てはためいている。私はことりと隣に湯呑みを置いた。

「寝れないなら、一緒に寝てあげようか」

 新八はきっと、いろいろ考えているのだと思う。過去のことも未来のことも、自分たちのことも。すべてを自分で考えて結論を出そうとする。どうしたらいいのかを考えて、悩んで、朝を迎えている。平助のあの言葉を、今でもずっと引きずっているのだろう。
 新八がようやく私を見た。大きく見開いていた目をすっと細めて「本気にするよ」とやけに真剣な顔をして言う。

「冗談。土方さんにバレたらめちゃくちゃ怒られるから、諦めて」
「あー……だろうネ」

 かくりと首を落とす新八に笑えば、彼も少しだけ笑った。それからゆっくりと私の手を掴んだ。ひんやりとした掌に驚く。彼はこんなにも冷え性だったろうか。いつも温かい手をしていた記憶しかない。
 ぎゅうっと痛いくらい握りしめられた。新八はさっきと同じように空を見上げて、重たいまぶたを伏せた。

「じゃあ、たまにでいいから、手握ってよ」

 見上げた横顔がさみしげで、私は何も言えなくなる。ただ冷たい掌がはやく温まるように。そう願いながら彼の手を握った。たった二人の縁側が、こんなにも寂しいなんて。いつからこんな風になってしまったのだろう。
 平助は、何年も前から、わかっていたのだろうか。私たちは、ほんの一週間前ですら、こんな未来を想像していなかったのに。
 パタパタとはためく洗濯物の少なさに、泣きそうになる。新八はずっと空を見ていた。
 
12.12.10