お話 | ナノ

 大きな口を開けている怪獣のようだ。夜の海は真っ暗で、大きくて、底が見えない。星空と一緒になってしまいそうだ。無数に散りばめられた光を指でたどりながら、素足で砂浜を歩いていいく。三歩後ろに、同じようにして黄瀬がいる。両手でハイカットスニーカーを持って、ゆっくりと歩いていた。

「冬の大三角形ってどれ?」

 振り返ると、黄瀬は眉を寄せて笑った。困っているのか楽しんでいるのか全然わからない。

「俺が知るわけねーじゃん」
「だと思った」
「じゃあ聞くなって」

 呼び出したのは私だった。暇だったから、なんて建前で、本当はひとりでいたくなかっただけ。会いたかっただけだ。彼の自宅まで押しかけて、近くの海岸まで自転車を走らせた。私は必死にペダルをこぐ彼の後ろに乗ってきた。体重が増えたとか、筋力が落ちたとか、そんな言葉の応酬をしながらたどり着いた綺麗な海岸。冬の海。夜の海。大きくて黒くて、なんだか怖いという感情よりも先に「すごい」と思った。心が震えるというのはきっとこういうことだ。
 冷たい砂浜、というのは新鮮だ。踏みしめると、身体が少しずつ冷えていくような気がする。

「冬休み終わるねー」
「そうっスね」
「三学期なんてあっという間だよ〜」
「まあね」
「二年になっちゃうね」
「……なんなのさっきから」

 小さく笑いながら、彼は私の隣に並んだ。顔を上げれば、月明かりで光るピアスと、同じくらい綺麗な双眸が私を見ていた。星のような髪。歩いていた足が止まる。

「なにが言いたいの」
「……早いなぁって」
「時間の流れが?」
「そう」

 彼と出会って恋をして、思いを伝えずにもう何年経ったのか、考えることすら億劫だった。というよりも、彼に恋をしたのがいつか、はっきりと思い出すことができないのだ。気がついたら彼の背中を目で追い、彼のシュートが外れないように、彼の足が壊れませんようにと、毎日バスケットゴールに祈った。
 二足のわらじを履く黄瀬を、支えたいなんて、思ってしまった。思い上がりもいいところだと、彼に笑って欲しい。私じゃ彼を支えられないのだと、誰かに言われたら踏ん切りがつくのかもしれない。
 歩き出せば、彼も同じように歩き出す。隣に並んで。

「冬休み終わって欲しくないな〜」
「俺まだ課題やってねーんだけど」
「えっ、私終わらせたけど」
「まじ? 答え見せて」
「うーん、肉まんひとつで」
「しゃーねーな」
「私のセリフだかんねー」

 異なる歩幅をあわせてくれるスマートさが、モテる秘密なのだろう。憎らしいとも思う。もっと、ずぼらな男だったらいい。もっと、最低な男だったらいい。
 空と海の境界線は見えなくて、私はそれを探るようにみつめる。月明かりに照らされた水面がゆらゆらと揺れる。金色の満月が映し出す映像に見惚れてしまう。彼は太陽のようにまぶしいけれど、月明かりのように優しい。
 隣を歩く黄瀬がゆっくりと手を差し伸べる。冷たい砂が指と指の間に挟まり、すこしだけ痛かった。打ち寄せる波が、私たちの足元の数センチ先で引き返していく。大きな怪獣が波を食べた。
 彼の手を取る。私たちの境界線は、どれだけ目を凝らしても見えない。

13.01.20 - 13.01.27(加筆修正)