お話 | ナノ

 隕石が落ちたんだって。彼女の声は水のように透明で、鈴のように凛としていた。瞼は伏せられているのに、まるで起きているかのようだった。意識を半分宇宙の向こうへと放り出した彼女は、俺のスウェットをぎゅうっと握りしめたまま体を丸める。すがるような手に、なんだか無性に愛しさを覚えた。
 隕石、落ちてこないかなぁ。どうやら彼女は、ニュースでやっていた隕石が気になって仕方がないらしい。伏せられた瞼に震える睫毛。体温を分け合うみたいに一緒に寝る。
 掛け時計はまだ日付を跨いでいなかったが、俺達は早く寝なければいけない。それでも彼女はきっと、この言葉に反応を示さない限り寝付く気はないのだろう。俺はそっと、左手で彼女の髪の毛を梳いた。ダイレクトに伝わる感触に、胸が高鳴る。彼女の手入れされた髪の毛はとても好ましい。

「隕石が落ちてきて欲しいのか」
「……そうしたらさ、」
「うん、」
「すごくラッキーじゃん?」
「……そうだな」

 暖かさを求めすりよってくる姿は動物のようだし、発言は小学生そのものだ。なにがどうラッキーなのかよくわからないが、彼女と会話していると多々ある。答えが完結しているから、それ以上なにも言わないのだ。けれどそんな彼女の少ない言葉で正解を探すのが、趣味になりつつある。面倒だと思ったことはない。

「この広い地球でさぁ、私の家の庭に落ちたら、やばくない? 大金持ちにだってなれちゃうよ」
「それは……」
「欲しい人、いるでしょ、多分。落ちてきたもの売って、お金持ちになるんだよ」

 すごくない? という声は、もうぼんやりとしていてうまく聞き取れない。あんなに凛としていた声が、数分のうちに溶けてしまうのだ。彼女の意識はもうほとんど宇宙の中だろう。

「緑間、寝なよ」

 唐突な言葉に、俺はそのまま彼女へ突き返した。彼女はそれ以上なにも言わない。引き結ばれた唇をそって指でつついた。指先がべとつく。
 呼び方にこだわっているわけではないけれど、彼女は俺のことを緑間と呼ぶ。黄瀬にはすごく驚かれたが、俺は彼女が呼ぶ名前ならなんでもよかった。愛だとか恋だとか判断のしづらい年頃に、こうやっていっしょにいたいと思えることがキセキだと、そんな風に思う。
 それこそ、隕石が落ちるくらいの確率かもしれない。恋に落ちるということと、隕石が落ちてくるということは、似ている。そんな大それた奇跡ではないと笑われても、俺にとって彼女との恋は、それくらいの衝撃があったのだ。

「隕石が庭に落ちてきたら、衝撃波で死んでしまうのだよ」

 穏やかな寝息。彼女は宇宙へと落ちていった。
 それも悪くない。真っ暗な部屋の中で、俺のつぶやきはすばやく消えていった。

13.01.20 - 13.01.27(加筆)