お話 | ナノ

 電車を乗り継いで、目的地へと向かった。冬ということもあり、押し寄せる風は肌を刺すように冷たかった。タイツの隙間から太ももが冷えていく。隣を歩く彼の背中は、出会った時よりも広くたくましい。それが少し寂しいけれど、いつまでもその背中に支えられたいと思うのも事実だった。私の手を握って彼のコートのポケットに突っ込まれているから、片手だけはやたら暖かかった。子供体温、というと彼は怒るから、あまり言わないようにしている。

「寒いねぇ」

 ザザァ、と波が押し寄せては引いていく。時刻は十七時。夕焼けのオレンジと、夜の紺色が混ざり合った不思議な空をしていた。立ち止まった大輝に合わせるように足を止める。彼は海の向こうを眺めて笑った。

「見えねえな、アメリカ」

 波が引いていった。

「見えないよ、遠いんだから」

 いつからかは覚えていないけれど、こうなることはわかっていた。中学のとき付き合い始めて、一年くらいで別れて。高校でもう一度やり直そうと言われた。一年の冬のときだったから、もう二年以上前のことだ。いつかまた、先の見えない別れを選択するときがあることを、どこかでわかっていた。

「火神くんに迷惑かけないようにね」
「…おー」
「二人暮らしだからって、部屋散らかしちゃだめなんだよ」
「わかってる」

 母親のようなことを言っているなぁと、自分でも自覚があった。彼は、もう少しでアメリカに渡る。火神くんと一緒にアメリカの大学に通うらしい。もちろん英語なんてしゃべれるわけのないので、火神くんと一緒に暮らすことになっている。なんやかんや仲がいい彼らだ、向こうに行ってもバスケして寝てを繰り返すのだろう。ポケットの中の手を、強く握られる。

「ブロンドの巨乳のお姉さんがいっぱいいるよ」
「…そーだな」

 ぱっと手を離され、肩を掴まれた。そのままひっぱられ、彼の胸に背中を預けた。厚着のせいて鼓動が伝わらないことが、残念でならない。私の首に腕を回し、すがりつくように抱きしめる彼の頭をすこしだけ撫でた。さらさらと指に絡まらない青色が、愛おしく感じた。もうなんでも撫でた。掴んだこともある。キスをしたこともあった。

「ねぇ、大輝。――わたしじゃない女の子を好きになっていいよ」

 首に回る腕の力が強くなり、すこしだけ息苦しい。

「待ってる。私はずっと、大輝が迎えに来てくれるまで待ってるよ。でもね、でも、アメリカで違う人を好きになることを、咎めることはできないよ。ついていかなかったわたしが悪いから。だから、いいよ。
 でも忘れないでね。私が大輝を好きじゃないからこう言ってるんじゃない。大輝が、好きなことを目一杯楽しめるように言ってるんだよ。私のことを気にしないで、バスケをしてほしい。だから、ね。待ってるよ。落ち着いたら、私を迎えに来てくれるって、信じてるからね」

 彼は頷いた。めったに見せない涙を頬に流して、「くそ、」と私に暴言を吐いた。

「俺のことだけ思い続けて待ってろ」

 見えないアメリカを、私はずっと眺めていた。

12.07.26