お話 | ナノ

 運命の恋があると信じている。と、森山はとてもとてもキメ顔で言い切った。私はお前が運命の相手だと思っているのを知りもせず、今日も一狩り行ってくるぜ、と私に手を振る男。そんな男。
 小堀と笠松、それから私を置いて、森山は黄瀬と二人で女子大生と思わしきグループに近づいていく。女子たちは黄瀬に悲鳴を上げ喜び、それから用意されたカンペを読み上げる森山に目を輝かせている。手に持っていたスタバのカップが、べきょりと曲がった。

「名前」
「なぁに小堀くん」
「抹茶ラテあふれるぜ」
「大丈夫よ笠松くん、もう飲み終わってるから」
「……あ、そう」

 呆れた、と言わんばかりの眉間のシワに舌打ちをしそうになるが、そんなことをすればシバかれるのは私だ。痛いのは嫌いなので奥歯をかみしめてこの苛立ちを抑えることにする。
 私たちは止めていた足を動かした。森山と黄瀬は、女子大生と楽しくおしゃべりをしている。

「パイプカットでもしたらいいのに」

 両隣を歩いている男性陣から息を飲む音が聞こえた。二人は乾いた笑いを漏らしながら「それは駄目だ」と力強く私の肩を掴んだ。そんなの知るか。ちんこ切っちゃえ、森山のクソ野郎。あんなやつが好きな私も、クソ野郎だ。私はブレザーのポケットに手を突っ込んで、コンビニへと歩き出す。隣には小堀と笠松がいる。いつもいつも、こんな私に付き合ってくれる。

「肉まん買って帰ろー」
「お前ダイエットすんじゃねぇの」
「明日から」
「ははは、」

 どうして好きなんだろう。どうして私じゃないんだろう。どうして。そればかり考えると涙が出てきそうで、最終的に私は、やっぱりあいつのちんこが切れてしまえばいいのに、と、結論を出した。そんな森山でも、私は好きでいる自信がある。
 携帯につけているバスケットボールのストラップが、ポケットからはみ出してゆらゆらと宙をさまよっている。それを見て森山のシュートを思い出してしまうのだから、私は大馬鹿者だ。つらいなぁ、という一言に、笠松が背中を撫でてくれた。その手つきに泣きそうになるのも、日課だ。


◇ ◇ ◇


 バスに乗り込んできた森山は、いつもと同じく涼しい顔をしている。バーバリーのマフラーを外しながら、車内の空席を確認している。私はバレないように視線を外したが、森山は私の隣の空席に気が付き近づいてくる。視線を上げると、森山が口角を上げて、私の隣にバッグをおいた。

「おっす、隣いい?」
「どうぞ」

 一言確認してから、彼はバッグを床に置いて椅子に自分の身体を置いた。私はそんな彼の律儀さも好きだ。楽しそうに細められる目も、少し色っぽい声も、全部が好きだ。けれど私はそれを本人の前に出さないように務めているし、それを知られたくなかった。この距離がトクベツである自覚は、私にだってある。彼に片思いしている女子からすれば、私のポジションだって、夢に見る場所だろう。どうやっても手に入れられないポジションを、私は三年間のうちに作り上げたのだ。
 隣に座った森山はイヤホンを取り、無造作にポケットへとしまった。

「あの後どこ行った?」
「ん? コンビニ。あと本屋も行った」
「えーまじか」
「森山が好きなモデル、雑誌の表紙だったよ」
「うっわ、買いに行かなきゃ」
「ファッション誌だよ? 女の」
「それでも買う」
「さっすが残念なイケメン神奈川代表」
「うっせ」

 ガタガタと揺れるたびに肩が触れ合うのが、いつまでたっても心臓に悪い。効きすぎの暖房と森山から逃げるように、視線を窓の外に放り出した。肩を並べて歩く恋人たちを見て、なんだかとても虚しくなる。
 聞いてしまおうか。

「昨日、あれからどうしたの」

 そう思った時には質問は口から出ていて、ああ、やってしまったと少し後悔をした。ちらりと見れば、森山はわずかに視線を外し、スラックスのポケットに手を入れた。長い足がスマートに組まれ、その行動に少しだけ惚れ惚れとする。ポケットからお目当ての携帯を取り出して、ロックを解除する。

「……カラオケ行ったんだけど、なんか違うわーてなって」
「ふーん」
「連絡先も交換せず、帰った」
「え、なにそれ」

 首をぐるりと回し森山の方へ顔を向けると、彼は携帯でキノコを栽培しながらへらへらと笑った。

「いやーフィーリング? つーの?」
「意味わかんないわ」
「一緒にいてつまんなかったんだよ」
「……ふーん」

 いつもいつも、結局そればかりだ。モテないといいつつ、それが嘘であることをみんな気がついている。彼はモテるのにモテないふりをして、彼女がほしいと言いつつ、彼女なんていらないと態度で示す。“それ”がキャラだということを、本人も、周りの人間も理解していた。それに付き合いきれなくなったのが笠松、次に小堀だ。女子たちが必死に立てたフラグを、お得意な変なフォームでボールを投げぶち壊す。私はコートの外で、部外者として、チームメイトとしてそれを見ることしかできない。そして安堵する。そのフラグが折れたことにも、私が立てたものじゃないことにも。
 結露した窓ガラスにそっと指をすべらせた。彼に彼女ができなければ、それでいい。この平坦な関係をいつか壊したい、という願望だけで行動に移したことも、移す予定もない私には、この苦しみだけで十分なのだ。結局、彼の隣にいられる立場を受け入れ、その甘さになにも言えないのだから。曇ったガラスに描いた絵を見て、なんだよそれ、と森山が不機嫌そうに言う。

「バスケットボール。見てわかんない?」
「おにぎりにしか見えねーよ」
「え、最低」
「お前がな」

 バスケが恋人なんて言わないし、言うつもりもないんだろうけれど、彼にはやっぱりバスケしかない。
 指で描いたみんなのコイビトは、じんわりと曇っていく。バスががたりと揺れて、森山の肩が当たる。わめく暖房からの温風を顔で受け止めて、私はもう一度ガラスに指を滑らせた。

「……恥ずかしいこと書くなよ」
「いいでしょ、決意表明みたいな」

 優勝、の二文字。森山は目を細め、小さく息を吐き出した。
 やっぱり私達には、バスケしかない。

13.01.19