お話 | ナノ

「あついな」
「そーですね」

 この会話を今日何回繰り返したのか覚えていない。ショートパンツにキャミソール。そして扇風機をつけているのにこの暑さ。クーラーさえ壊れなければ、なんて数百回思ったことだ。両親と兄弟は三泊四日の海水浴に出かけ、バスケ部の試合やらが立て込んでいる私は一人家に残った。そのことを彼氏兼先輩である木吉先輩に言ったら、遊びに来ると言い出した。親もいないしリビングに移動すればよいのだけれど、それをしない。理由は簡単だ。リビングだと、落ち着かないから。いつも私の部屋に来ているから、なんだかリビングは罪悪感があるのだと言った。親がいないときにあがってリビングでくつろぐくらい、良いのではないかと私は思うけれど。意外と気にしいだなぁと笑った。
 それともうひとつ理由がある。きっと、私の勘違いではない。だって、こんなに暑いと言っているのに、彼は私を抱きしめたまま離さない。ベッドのシーツが汗を吸い込む。私の首筋に顔を埋める先輩の頭をなでる。

「せんぱーい」
「なんだ?」
「暑いなら離すっていう結論には至らないのですか」
「離して欲しいなら離すけど」
「じゃあいいです」
「そうか」

 より一層くっつくように抱きしめられ、お互いの汗と汗が交じり合うのがわかる。生足にジーンズがこすれて、よけいに暑い。ちりんちりん、と隣の家の風鈴が聞こえる。色素の薄い彼の髪が、きらきらと光って綺麗だ。汗でしっとりとした前髪を持ち上げて、生え際に口付けを落とす。ちゅう、という音が大きく聞こえる。

「どーした?」
「なんとなく」
「そうか」

 先輩の頭をぎゅっと抱き込むと、ぺろりと鎖骨を舐められる。ぎゃ、なんて女の子らしさのカケラもない声が私の口から出ると、先輩はケラケラと笑った。ぺしんと頭を叩くと、悪い悪いと誠意の感じられない謝罪をされる。怒ってるわけじゃないから良いのだけど。すると今度はぢゅう、と大きな音がする。

「…くっきり」
「ちょっと、どこつけたんですか」
「鎖骨。さすがに首は見えるかなって思いとどまった」

 ぐ、と身体を押されて仰向きになると、先輩が私に覆いかぶさる。天井と先輩の顔。みなれた景色の一つだ。先輩の汗がぽたりと私の身体に落ちた。それを合図にするかのように、先輩がキスをした。

「あついな」
「…あついですね」
「服脱ぐ?」
「…ご自由にどうぞ」

 相変わらずしたたかだ。にっこりと笑う彼の笑顔は、優しさの欠片も感じられない。舌なめずりをした彼に、彼に塗りつぶされる覚悟を決めた。