お話 | ナノ

 家族みんなで旅行に行ったという黄瀬くんのおうちにお泊りをすることになった。私は今日もスマブラ大会をやるのかと思ったら、そういうわけでもないらしかった。彼らは各々DVDを見せ、これはああだ、これはこうだ、と議論を始めている。童貞同士の小競り合いなど心底どうでもいいわ、と思いながら私は黄瀬の本棚を物色しはじめる。
 そして現れたピンクい本たち。私はベッドに寝そべりそれを読み始める。フローリングで喧嘩をしていた二人が私の様子に何見てんの、と近づいてきた。

「エロ本見てる」
「名前っちほんと恥じらいないよね」
「そんなんだから彼氏にフラれんだよ」

 青峰の言葉にうっせーよ、と小さく怒りをにじませれば、黄瀬は「え!? 名前っち彼氏いたの!?」騒ぎ出す。そしてベッドに寝そべる私の隣を挟むように二人も寝そべりだした。いくら規格外の体格をした黄瀬用のベッドとは言え、三人寝るのは狭すぎる。
 黄瀬は本を見ながら「彼氏いたんスかー?」と私の肩を揺さぶる。

「うっさいな! いたよいましたよ、サッカー部の岡田だよ!」
「えっ、名前っち趣味悪!! まさかのブス専?」
「ざっけんなあいつはフツメンでしょうが」
「俺もあいつはブサイクだと思うぞ」
「お前ら自分の顔面基準に考えんなよイケメンクソ野郎」
「褒めてるんスか貶してるんスか」
「両方だよ」

 てかこれエロ本じゃなくてただのグラビアじゃねーか。というツッコミは私の心のなかだけで留めておいた。これならば灰崎が持っていたエロ本のほうがエロイし可愛い子が多かった。将来垂れてしまうのであろう、大きな胸を三人で凝視しながら、これは作り物っぽいねと選別していく。

「でかすぎてキモくない」
「ないもの妬んでもしょうがないっしょ名前っち」
「お前ホントに死ね」
「おっぱいには夢が詰まってるんだよ」
「聞き飽きたわ!」
「俺美乳派っスね〜でかくても邪魔。まぁないのは論外かな」
「てめーは私の胸を見て言うな!」

 パラリとページをめくると、そこに書かれていたのは「セックス特集」という文字。先程までのカラーのページとは違いただの白黒ページだ。

「童貞諸君、これでも読み給えよ。人の貧乳馬鹿にするなら自分の包茎でも気にしてろ」
「俺包茎じゃねーから! なんなら見せるぞ!?」
「ざっけんなベルトのバックルかちゃかちゃすんな!」
「てかなんで俺まで童貞包茎扱いなんスか!? ちげーし!」
「え、黄瀬童貞じゃないの? 中二で脱童貞なの?」
「ていうか中一の冬休みに捨てたっスわ……」
「さすがモデル、違うわ〜」
「まじかよ!!!!!!」

 突然の声にびくりと肩を震わすと、隣にいた青峰がカタカナ英語で「ジーザス!」と叫んでいた。よく知ってたなそんな単語。漫画にでも出てきたのだろうか。青峰がぼふん、と枕に顔を埋めて「俺もヤりてー」と小さくぼやく。

「そんなイイモンじゃないよ青峰、元気だしな」
「なんでおめーに励まされなきゃイケないわけ?」
「そっスよ青峰っち、俺の場合強姦みたいなもんだったし」
「え……おま、それはひでーよ」
「黄瀬、あんた、本当にクズだね……」
「俺がシた側!? 俺襲われた側なんだけど!?」
「はい、余計にうざいー」
「黄瀬は一回俺の代わりに死ねばいい」
「いや意味わかんねーし!」
「とりあえず去勢かな」
「もっとつらい! いや死ぬよりマシ!?」

 黄瀬は両手を顔を覆いながら二人共ひどい、涼太のガラスのハートが粉々にクラッシュされたわ、なんてめそめそと泣き真似をしている。私たちはそんなうざ男を無視してセックス特集を飛ばした。ぱたりと本を閉じて、泣きマネをする黄瀬の背中をぽんぽんと叩いてやった。

「悪かったよ黄瀬ェ、うぜぇから泣くな」
「誠意こもってなさすぎ!」
「ごめんって黄瀬、誰も黄瀬のことを強姦魔だなんて思ってないよ」
「名前っち……」
「イケメンは大変だね。脱童貞は好きな人としたかったよね」
「名前っちぃ〜……!」

 本当に目をうるうるとさせた黄瀬に少しだけうぜぇな、と思いながら彼の頭を撫でてやる。青峰はもうどうでもいいのか、グラビアをもう一度読み始めた。

「名前ってまだ処女なわけ?」

 その言葉に動きを止めたのは私だけではない、黄瀬もだった。

「俺、名前っちはアイアン・メイデンだと思ってるっスよ」
「喧嘩売ってんだろ」
「俺もお前とヤるやつの気がしれねぇなとは思う」
「じゃかあしいわ! 悪かったなアイアン・メイデンで!」

 その言葉に二人はにやりと笑った。

「俺が脱童貞するのが先かな〜」
「青峰っちに500円懸けるっス」
「お前ら死んでろ」

 ベッド脇に置かれた置き時計が、カチリと音を立てて針を動かした。時刻は深夜一時。中学生の夜が更けていく。
 
12.12.10