お話 | ナノ

 男女間の友情なんて成り立つわけがないと言い切ったのは誰だったか。テレビの人だったかもしれないし漫画の登場人物だったかもしれないが、私は「かわいそうなヤツ」だと思う。性別が違うだけで友だちになれないわけがないだろう。そりゃあ、寄った勢いでセックスしたりしてしまうかもしれないが、そんなものはぶっちゃけどうでもいいのだ。だって私たちはまだ中学生で、まだ男女の境目が曖昧だから。
 チッチッチ。時計の針がまるで踊るように進んでいるなぁと現実逃避をはじめた私を、逃さないとでもいうように青峰が殴る。肩に加えられた打撃は、睡眠を欲しているカラダにはムチである。痛すぎて涙が出てきた。これはアクビのせいではない、痛みのせいだと私は最後まで主張する。

「ねよーとしてんじゃねぇぞ……」
「してねーよ別に……ちょっと妄想してただけだわ」
「それ夢じゃねーんスか!?」

 がやがやと五月蝿い黄瀬を黙らせるために、さっき青峰にやられたように肩にこぶしをねじこんだ。「いってーよ!」といつもの口調が迷子になっている黄瀬に怒られたがそんなことで眠気が飛ぶはずもなく、私は「あっそう」とあぐらをかいた。

「ちくしょう連敗つらいわ……」
「名前ほんっとよえーよな」
「青峰が強すぎる」
「まぁ俺はつえーけど」
「なんなのうざい……」

 コントローラーをカチャカチャと動かしながらキャラクターを選択していく青峰。彼はいつも同じキャラしか使わない。

「弱いっつーか、才能ないっスよね」
「黄瀬うっぜーなマジで!」
「あと可愛げもないっスわ」

 黄瀬も同じようにキャラクターを選び、ぺたりとスタンプのようなやつを貼りつけた。私はあぐらをかいたまま頭をうなだれる。首筋が伸びて気持ちがいいが、髪の毛が貞子みたいだと青峰に馬鹿にされた。私はテレビ画面を睨みながらコントローラーをいじる。

「あーどうしよ、サムスにしようかな」
「お前ほんと固定しねーよな」
「青峰はネスしか使わないもんね」
「俺カービィ」
「はいマネっ子〜キャラまでマネっ子にするとか〜」
「名前まじうざいっスわ」
「デルモうっざーその顔女子に向ける顔じゃないから」
「名前が女子とか認めてねーから」

 ケラケラ笑う黄瀬の膝を殴ってやった。ああうざい。そして眠い。サムスにしようかと思ったけどやっぱりアイクにしよう。私はアイクに指をもっていき、ペタリと3Pのスタンプを貼りつけた。

「アイクかよ!」
「イケメンだし」
「だから負けるんスよ」
「だまれカービィ」

 ステージを選択していく青峰の横で、私と黄瀬が肘でつつき合いをする。青峰、私、黄瀬の順番で床にすわり、画面を眺めている姿は、異様だろうなという自覚はみんなある。たまにお菓子を持ってきてくれる黄瀬のお母さんは少しだけびっくりしたあと少しだけ笑って出ていくから、それなりに面白い光景でもあるんだろう。黄瀬のわきばらに肘をねじ込むと、「うが」と蹲った。
 テレビからもうすでに聞き飽きてしまった音楽が聞こえ、また青峰は同じステージを選択したのかとうんざりとする。

「またここー?」
「俺ここ好き」
「私きらい」
「俺別にどこでもいーっス」
「えーなんで、終点がいい」
「わがままいってんじゃねーよ貧民」
「これ大貧民じゃないから!」

 見づらい宇宙空間に舌打ちをしつつ、私のキャラクターを動かしていく。あーもう眠い。瞼は限界だと私にうったえかけてきている。しょぼしょぼする眼球を癒すように瞬きをするけれど、眠くなるだけでしょぼしょぼ感はなくならない。コントローラーを握りながら、潰し合う二人を眺めつつ私はコンピュータと戦う。ピカチュウ。あまり戦う気になれない相手だ。バコン、と箱が壊され、中から神器が現れ、私達三人は声を揃えて「ハンマー!」と叫ぶ。一目散に駆けていくが、その神器を手にしたのは黄瀬だった。あるときは正義、またあるときはレクイエムに聞こえるBGMに、私と青峰は悲鳴をあげた。

「ハンマーきたー!」
「あっ、やだやだ黄瀬、あんたさっきも取ったじゃん!」
「ざっけんなよ黄瀬ェ……」
「行くっスよ〜ぶん殴るっスよ〜」
「え、なんで私のほう来るのやだやだざっけんなくんな、あああああ!」

 キラリーン、私はお星様になった。ああ、さらばアイクまた会う日まで。およおよと涙を流していると、空飛ぶ板に乗ったアイクが空から降ってきた。私の戦いはまた始まったのだ。楽しそうに笑っている馬鹿二人を見て、私はため息を吐かずにはいられなかった。とにもかくにも眠すぎる。黄瀬ママが持ってきてくれたホットココアは甘く、そしてすっかり冷え切っていた。



 黄瀬の部屋で一夜を明かし、私たちの目の下にはくっきりと隈が浮かび上がってる。ナチュラルハイになった青峰が私の肩をゆさ振ってくるのがうざくて仕方がない。黄瀬はいつもの様に死んでいる。
 ピピー、赤司が笛を吹いた。休憩の時間だ。私たちはふらふらと千鳥足で隅の方へ移動し、三人で膝を抱えて固まった。「赤司、アレはいいのか」「馬鹿は死んでも治らないからな」「なるほど」なんてインテリ二人組が私達を笑っているがそんな侮辱は屁でもない。今はただ睡眠欲に打ち勝つために必死なのだ。

「青峰、隈ないね」
「あんだろーがここに」
「ガングロだからわかんないわ」
「さすが青峰っちまじリスペクトまじガングロ」
「黄瀬、お前喧嘩売ってんだろ?」
「売ってないって。むしろ敬意払ってるから。青峰っち得してるじゃん」
「あーなるほど」
「納得するのね」
「考えるのめんどくなった」
「あーなるほど」

 汗なのか冷や汗なのかわからない体液をタオルで拭う二人の顔色はあまりよろしくない。これだからオールはやめとこうっていつも言ってるのに、学習しない私たちは何度でも繰り返す。けれど言うのだ。何度でも言う。

「……もう、オールはやめようね」
「……そうっスね」
「……あー、うん、だな」

 午前中のまだ太陽がてっぺんまで到達していない時間に、私たちは睡魔と披露に襲われる。痛む頭を抑え、硬く決意する。その決意が無駄なことは、また次オールするときに気がつくのだ。そして、やっぱりアイクじゃ二人には勝てないな、とも。

12.11.01