お話 | ナノ

 ガタン、バンッ。
 騒々しい音を耳に入れつつ、私は洗濯物の山を少しずつ削っていく。代わりに作られていく綺麗な山。もう一度バン、という小さな音が聞こえ、足音がひたひたとやってくる。バスタオルを腰に巻いた仁亮さんは、髪の毛をオールバックのようにしながらキッチンへと向かう。いつもの光景。彼はお風呂あがりにぐびぐびと喉を鳴らしてお茶を飲むのだ。
 薄い液晶画面が映し出す光景をちらりと見ながら、手元の洗濯物をたたんでいく。ダイニングで作業をする私を見ずに、彼はリビングのソファの側に立つ。そしてそのまま、バラエティー番組に目を向けている。髪の毛から滴る透明な雫がぽたりと彼の背中へと落ちる。作業を止め、私はその光景を食い入るように見ていた。カーテンの木漏れ日を受けた背中が、まぶしいくらい輝いて見える。
 歳をとっても、彼の体型はあまり変わらないようだ。四十代を超えても垂れることのないお腹に、引き締まった胸板。そして背骨の窪みを伝うように流れていく雫が、なんだか彼を若く見せる。
 品のない芸人の笑い声を聞いて、私のぼんやりとした意識がはっきりと冴えていく。仁亮さんは腰に手を当てたまま、テレビから目を離そうとはしない。

「仁亮さん、パンツくらい履いてください」

 うん、とも、おう、とも取れる曖昧な相槌を打つものの、彼の視線はテレビのままだ。ときおり落ちてくる前髪が邪魔なのか、手で掻きあげている。私は作り上げた山から一つ、手にとって、彼の背中へと抱きついた。温かい背中は、彼の入浴時間をよく表している。

「どうした、いきなり」
「だから、パンツくらい履いて。あと髪の毛乾かしてください」
「わかっているよ」
「わかってません」

 手に持っていた彼の布を彼に押し付けて、私は彼の背中をぺちりと叩いた。彼は目尻を下げて笑うと、押し付けたパンツを手にとって「はいはい」と返事をする。監督と教師という職業のくせに、二つ返事は彼のクセのようなものだった。
 仕方ないな。わかったよ。そうやって、大人ぶって私の言うことを聞いてくれる仁亮さんが、嫌いで嫌いで、仕方がない。憎らしいくらいかっこよくて、嫌いだ。
 脱衣所から部屋着を着た彼が戻ってくる。ソファに座る私にぴったりと寄り添うように座り、私の肩を抱いた。目の前で繰り広げられる漫才なんて、二人とも見てなかった。お互いの間に流れるのは、穏やかで、優しい空気だけで、お笑いを楽しもうとする気持ちはカケラもない。まだ髪の湿っている仁亮さんに、ちょっとだけむっとしたけれど、なんとなく離れたくなくて私は何も言わなかった。

「お年玉でもあげようか」
「もうとっくに成人済みのオトナなんですけど」
「貰えるもんはもらっとくべきだろう」

 まるでそうなることが決まっていたかのように、私たちは唇を重ねる。ぴったりと隙間なく合わさるから、私は彼とくちづけをしてはじめてすべてが満たされる気がするのだ。髪の毛から落ちた水が、私の頬を伝って落ちた。

「わたしがもう少し若ければね」
「ん? なにが?」
「もう一回くらいできたんだけど」
「馬鹿ですか」

 テレビから聞こえる笑い声を聴きながら、私たちはもう一度唇を重ねた。今年も彼の彼の洗濯物を畳めますように。彼と一緒に、彼と同じように、時間を浪費できますように。そうなるように頑張るから、どうか見ていてほしい。初詣に行ったら、神様にそう言おうと思った。

13.01.01
HAPPY NEW YEAR.