お話 | ナノ

 友人に森山先輩という人物がいる。笠松先輩を見に行った試合にナンパされたことがきっかけで知り合った。ぶっちゃけ笠松先輩のキャプテンシーに憧れと恋心をいだいていた私は、まぁなんかしらの情報が得られるかもしれないと少しだけその場で話し、連絡先を交換してわかれた。それからよく話しかけられるようになり、必然的に笠松先輩の近くまでいけるようにはなったのだけれど。MORIYAMA情報によると、どうやら女子が苦手らしかった。それでも森山先輩は、あとで合コンが条件だとよく笠松先輩と一緒にいるときに話しかけてくれていた。憧れの先輩を前に、私はどうにか緊張せずに話してもらおうと頑張った。でも、苦手なことはすぐに治らないことはわかっている。根気強く、しゃべっても、一言二言。それを繰り返すんだ。そうしていくうちに、だんだんと向こうからもしゃべりかけてくれるようになった。森山先輩にはひどく驚かれた。ドヤ顔をするとすこしだけ鬱陶しそうにされたのは記憶に新しい。
 今日は私の部活が休みなので、バスケ部体育館に来ていた。同い年の黄瀬くん目当ての女子がうじゃうじゃといて、すごく邪魔臭い。入り口は女子の壁ができていて入れそうもない。今日は諦めるか、と自販機までとぼとぼと歩くと、目の前の後ろ姿に目を開く。

「か、笠松先輩!」

 しゃがんで取り出し口からジュースを取り出す先輩の背中に声をかけると、驚いたように振り向かれる。「なんだ、お前か」とすこしだけ微笑まれる。ねぇ、ここまで来たのってすごい進歩だと思いませんか? おもわず緩む頬。

「これから部活ですよね、頑張ってください」
「おー…ありがとな」
「いつか応援行ってもいいですか?」
「まぁ、いいんじゃね?」

 入り口あんなんだし。とすこしだけ眉間にシワを寄せる先輩。まぁ、たしかにちょっとだけ迷惑だよなぁ。わたしもあの中に混ざって応援しずらいんですよ、と苦笑した。そうしたら先輩もだろうな、と腰を上げた。夏となると、やはり男子はワイシャツ一枚にスラックスという軽装になる。ネクタイはしてなくて、第一ボタンの外されたワイシャツからは形の良い鎖骨が見える。スラックスにワイシャツがしまわれているせいで、腰のラインもわかる。なんというか、色気が。これが高校3年生の本気ってやつだろうか。いや、きっと笠松先輩だからだろう。先輩はパックジュースにストローをさしながら、「お前も買いに来たんじゃねーの」とぶっきらぼうに言われた。ああ、今日も素敵です先輩。

「あ、はい、そうでした」

 カバンから財布をだすと、「ちょいまて」と声をかけられる。カバンに手を突っ込んだまま先輩を見上げると、むすっとした表情でチャリン、チャンリンと小銭の取り出した。そしてそのまま、自販機に入れた。

「なに飲みてーの?」
「え、え、いいですよ!」

 先輩の言わんとすることがわかって、思わず両手でいらないとジェスチャーをする。けれど先輩は「いいじゃなくて、何飲むか聞いてるんだが」と引き下がろうとはしない。どういうことなの、なんでなの。あの先輩が、私に? 先輩が流し目で私を見て、思わず赤面する。

「み、みるくてぃー、で」
「ほいよ」

 ピッ、という音の後に、ガシャンと落ちてくる音がした。腰をおりまげて、出てきたミルクティーを取り出した。まじで買ってもらっちゃったよ。どうしようこれ。笠松先輩からの、初プレゼントだよ。80円のこのミルクティーには、付加価値がついて、いくら出されても売れない。ああ、やばいよ、嬉しすぎる。なんだか視界が霞んできた。ここで泣いたら絶対引かれる。だから泣いちゃだめだ。目をぎゅっとつぶって、なんとか押し込める。

「先輩、」
「あ?」
「ほんとに、ありがとうございます」

 涙を引っ込めて笑うと、先輩が顔を赤くして私から顔をそらした。ああ、まだ完全にはなれてくれてないのかな。でも、それでも嬉しいからいいや。

「こんど練習見に来いよ」

 私から背を向けて歩き出した先輩に、はい、と小さく答えた。耳真っ赤なの、隠せてないですけどね、先輩。私は買ってもらったミルクティーを写真に撮って、森山先輩にメールした。送り終わったことを確認して、携帯をしまう。私はミルクティーをじっと見つめて、すこしだけ泣いた。好きです、好きです先輩。胸が張り裂けてしまいそう。いつかあなたの隣を歩けたらいい。私の涙でできたシミを見ながら、小さく笑った。

12.07.22