お話 | ナノ

 あれから数日たち、部活内にも平穏が訪れたように思える午後4時23分。30分まで休憩という赤司様のお声で、みんなが私の作ったドリンクに群がる。私はさつきちゃんと次のメニューはなんだ、ゲームをするならこれの後に、なんて話し合いをする。黄瀬が青峰に「わんおんわん」とずっと吠えているが、当の青峰は黒子くんに抱きついたまま離れようとしない。暑苦しいことこの上ないのだけれど、そんな青峰くんを般若の形相で見つめるさつきちゃんに何も言えなくなってしまう。恋とは恐ろしいものだ。行っておいで、と声をかけると、さつきちゃんが音速で青峰くんの頭を殴る。「テツくんから離れて!」「いいだろお前には関係ねーし!」「私のテツくん!」「俺のだバァカ!」なんて三角関係だ、部活内恋愛はこれだから困る。しかも一方はホモではないか。まぁ私には関係ない。すると黄瀬が私のそばまで寄ってきた。

「青峰っちが相手してくれないッス〜!」
「あーはいはい残念ね。待てでもしてなさいゴールデンレトリバー」
「犬じゃないッスよぉ!」

 うるさいなぁ、と思うだけで言わないのは、言ったら三倍煩くなることを知っているからだ。すると黄瀬が、思い出したように「そーいえば」と大きな声を出す。どうしたの、と黄瀬を見れば、ニコニコと笑っている。黄瀬の声が大きかったせいで、青峰とさつきちゃん以外は私達のほうを見ていた。黄瀬が極上のスマイルで言った。

「今日は黄色の下着なんスね!」

 その一言に紫原が光の早さで黄瀬の頭を鷲づかみにした。のちのバイスクローである。ゆらゆらと蒸気のようなオーラのようなものが見える気がしないでもない。

「黄瀬ちーん…パンツとブラどっち見たのー?」
「重要なのそこじゃないだろ!」
「ブラッス! 汗でシャツから透けてたんスよ〜。てか紫っち、俺そろそろ死んじゃうッスよ」

 あははははと笑いながら自分の最期を受け止める黄瀬はなかなかの強者だと思う。宙に浮いた状態から開放しない紫原を黒子くんがなだめようと寄ってくる。足取りはおぼつかない。

「そういえば、僕の『調教の手引き』捨てましたね…?」
「あれ黒子くんのだったの!?」
「僕以外にいないでしょう」

 その基準がよくわからないよ! と突っ込むまもなく、赤司様に頭を掴まれる。

「あああああ赤司様…!」
「へぇ、今日の下着は黄色なんだ。なんで赤じゃないの?」
「いや中学生で赤の下着はどないなもんかと…」
「いいじゃないッスか、黄色!」
「ていうかー普通は紫でしょ」

 なんだ各々自分の色を主張してくるんだアホなのかバカなのか。いいやキセキですと言われたらそれまでなので何も言わないことにしよう。口をつぐんでいると、紫色の巨人兵がご自慢のウイングスパンで私の腰を引き寄せた。ほんとに腕長いなぁ、と悠長に構えて視線を上に向ければ、カチリ、視線が交わった。眠たげな瞳に自分が写り、なんとなくドキッとした。すると、私のTシャツの首元を引っ張った。

「あ、ほんとに黄色じゃーん」
「…え」
「てか意外と胸大きいね〜。Cくらい?」

 身長差で覗きこまなくてもばっちし私の胸は見えているらしく、紫原は平然とブラの色を確認しやがった。おい、視線が交わった時の『目と目で通じ合う』を脳内再生した私の純粋な気持ちを返してくれと言いたい。

「一応、Cだけど…」
「だからお前は何で答えるのだよ!!」
「緑間いたの!?」
「俺もレギュラーだ!」

 紫原と私の間に割って入る緑間はブチ切れていた。

「ありがとうミドリマン」
「その呼び方をやめないと今日のラッキーアイテムをぶち込むのだよ」
「ぶち込む!?」

 青筋を立てて怒る緑間に冷や汗が止まらない。普段理性的な緑間がキレると怖いのだ。すいませんと謝ると、緑間は眼鏡のブリッジを押し上げた。赤司くんはどっかに消え、黒子くんは床に寝ていて、黄瀬はそんな黒子に寄り添うように寝ていた。青峰とさつきちゃんはまだ喧嘩をしている。「大ちゃんだって年長までおねしょしてたじゃない!」「ざっけんなお前なんか小2のときにしただろうが!」なんて幼馴染特有の喧嘩をおっぱじめやがった。お前らなんぞ天の川わたって結婚したらいい。私を背にかばうように立ってくれている緑間の肩甲骨に見とれながら、ラッキーアイテムが手にないことに気がつく。

「そういえば、緑間今日ラッキーアイテム持ってないじゃん。いつも手に持ってるのに」
「ああ、さすがに今日のは手に持つのはだめだと思ってな。ポケットにいれているのだよ」
「え〜なにそれ、ミドチン見せて〜」

 紫原が緑間のポケットに両手を突っ込むと、緑間が焦ったように「やめろ!」と叫ぶ。顔が真っ青だよ、と声をかけようと口を開くが、私が言葉を発することはなかった。紫原の手に持っていた物体に、私も顔面を青くした。

「ミドチン、これって…ピンクローター…?」

 紫原の小さなつぶやきに、体育館の空気が凍る。緑間は新幹線のぞみ号にも負けない速さで体育館を後にした。紫原が「使う?」と聞いてきたので、とりあえずいいやと答えた。帝光中学校バスケ部は、今日も元気に生きています。

12.07.31