お話 | ナノ

 なんていうか、めっちゃ好きだったりしちゃうわけ。高校入ってまもないころ、同じクラスで同じ委員会になった彼女に声をかけた。人見知りもしない方だし、わりかし誰とでも仲良くなれる俺だったりするけれど、意外と一線は越えないというか、本当に、「よく話すクラスメイト」の位置関係を色んな人と築けてきてた。真ちゃんは相棒だから別として。だけど、彼女と一言話しただけで世界が180度超えて一周してなんかすっきりしちゃったわけ。高校生にもなって柄にもなく一目惚れ、とでも言うのか。なんというか恥ずかしくてそのときはあんまり話せなかった。真ちゃんにはすぐに気づかれて、今日のお前の運勢は最悪だったのだよ、とくに恋愛運がとピシャリ言い放たれた。まじか、といえば、まじなのだよ、と。明日になったら運勢が変わるかもしれないから、元気をだせと。今思えばこいつなりの配慮だったんだろうな。それから何ヶ月かして、俺は彼女と普通に話せるようになった。聞いた話によると彼氏はいないらしく、作らないのかときいたら、作るもんじゃなくてそのうちできてるものでしょ、と笑っていた。それって好きな人もいないってことだろうか? まぁぶっちゃけ安心半分、残念半分。でもまぁマイナスからのスタートじゃないだけいいだろう、ゼロから始めるのだって悪かぁない。ガンガンせめて、落とせばいい。

 二限の英語が終わり真ちゃんからもらった今日のラッキーアイテム、キノコのストラップを右手で転がす。「今日のお前はいいことがあるらしい。これをもっていると気になる相手と急接近できるとおは朝が言っていたのだよ。なのでしかたないたまたま見つけたコレをお前にくれてやる」眼鏡を押し上げながらキノコのストラップを10m離れたところから受け取った。きっと近くで渡すのが恥ずかしかったのだろう。ナンバーワンシューターは俺の手にそのストラップを投げてきた。さすがの一言だ。サンキュ、そう叫ぶとあいつはなにも言わずに去っていった。いいところあるなぁあいつ。

 そんなことを思っていると視界に入ったのは大きなダンボールを持つ彼女。階段を降りていく。さっそく効果発揮してる感じ? 右手のキノコをポケットに押し込んで後を追いかけた。彼女は準備室へ入っていった。俺もそこに入ると、大きなダンボールを机の上におく彼女のすがた。ああ、ちっさいなぁ。俺に気がついた彼女が「高尾くん、なんでここに、」と声をかけてくれた。準備室のドアをしめた。「さっき見かけたから追っかけてきた」というと、そっかと照れたように笑った。
 彼女のスカートのポケットから、キノコのストラップが見えた。えのき。俺が持っているのはたしかエリンギだ。思い出してポケットからストラップをとりだすと、彼女が笑った。なんで高尾くんも持ってるの、と声に出して。真ちゃんから貰ったのーと言えば、また笑う。彼女に近づいてしゃがみこみ、スカートからでているえのきを手にとった。すげーリアル。いや、俺のもリアルなんだけど、このえのきっぽい感じがまさに本物。逆になんで持ってんのさ、といえば、「今日のラッキーアイテムだったから、」なんて予想外の言葉が返ってきて驚く。慌てて上を見あげれば、顔をそらされた。
 心なしか、顔赤くね? 自意識過剰という一言で片付けられたらそれまでだけど。でも、これまでの経験上、確信を持った。これは、脈ありなんじゃねーの、と。立ち上がると彼女は驚いたようで、「え、なに、」と聞いてきた。俺はそれに答えず彼女のほうへ足を進めると、驚いたように目を見開き、後ずさる。そんなところもかわいーんだから。薄暗い準備室の壁に彼女を追い詰めて、顔の横に手をおいた。壁ドン、つーの? 顔を赤くして「高尾くん、なに、どうしたの」と慌てふためく彼女。俺の影にすっぽり収まる彼女に、思わず「かーわいー」と口に出してしまった。とたん、赤色に染まった彼女の頬。ああ、これはキタわ。俺の名前をどもりながら呼ぶ彼女に、加虐心をそそられる。ぐっと顔を近づけたら、彼女は口を結んで涙目で俺を見上げた。

「可愛い、食べちゃいたいくらい」

 ぱくり。口にした赤い果実は甘かった。

12.06.30