お話 | ナノ

 人生で二度目の、運命改革をしよう。思い立ったが吉日という言葉がある。見ていたテレビを消してジャージからショートパンツにはきかえた。Tシャツはそのままでいいか。髪を一つにくくり家を出て、近くの雑貨屋さんまで自転車を走らせた。店員さんにこれください、と言えば、営業スマイルの男性が棚からピアッサーを外して、会計をしてくれた。1050円です、わりかし好みの声だなぁと思いつつお金を払い、店を出た。チャリカゴに財布と買ったばかりのソレを投げ入れ、ペダルに足を乗せた。蒸し暑く、じめじめの空気が体中にまとわりつく。気持ちが悪いけれど、嫌いじゃない。自分の家通りすぎて、恋人の家へと急ぐ。時刻は11時48分。きっと起きているだろう。彼の家に着くなりピンポンも押さずに玄関のドアをあける。

「だいき起きてるー」

 サンダルを脱ぎながら問いかければ、リビングから「おー」という間延びした声が返ってくる。お邪魔しますと一応いいつつ、リビングへ行くと、「なんだー一緒に"いいともよ"見たくなったのか」なんてあくびをしながら言われ違うと一刀両断する。ソファにゆるく腰掛けている大輝がさりげなく隣のスペースをあけてくれたのでそこに座る。カサリ、持っていた紙袋が音を立てた。財布はテーブルに投げる。「なんだよ、それ」私は紙袋をあけてブツを取り出す。

「ピアッサー…」
「そ、開けようと思って」
「お前開けてなかった?」
「右だけね。こんどは左耳に開けようかと思って」

 パリ、とピアッサーを取り出す。「それか、右にもう一個」そういえば大輝の眉間にシワがよった。バランスわりーよ。うん、そうだよね、やっぱ左かな。そう言ってカシャカシャいじる。

「てか、なんで俺ん家で開けようとしてんの?」

 大輝がリモコンを手に取り、チャンネルを"いいともよ"に切り替えた。時間はきっかり12時。きっと今頃わたしの家の時計がリンドンなっているだろう。リモコンを置いた大輝の手をとり、ピアッサーを握らせた。

「あ?」
「大輝に開けて欲しくて」
「まじで言ってんの?」
「まじもまじ、おーまじだよ」

 そう言うと、ちょっと考えるそぶりを見せたあと、にやり、笑った。私の心臓がすこしだけ早く動き始めた。あの顔が、とても好きだったりする。彼の意地悪そうな笑顔。すごく楽しそうなその表情に、生唾を飲み込む。ああ、素敵。そんな私の気持ちも知らず、大輝はソファに片足を乗せて私と向かい合った。答えるように、足を大輝の横に通して彼と向かい合う。大輝の右手が私の耳たぶを掴んだ。掴む力が、強い。痛い。

「引っ張るの強い、痛い」
「我慢しろ、バランス考えてんだ」

 左手を私に耳たぶに持っていき、同じように引っ張られる。どうやらホンキで考えてくれてるみたいだ。交互に耳を見られて、なんとなく恥ずかしくなる。いつも見られることは、あまりない。大輝に触れられているだけで心拍数があがるのに、また変に緊張したせいかすこしだけ顔が熱くなる。この気温のせいだと、ごまかせるだろうか。「よし、」大輝に左手が耳たぶから離れ、私の腰に回る。

「っ、」
「もっと近づけあほ」

 ぐっ、と距離が縮まり、「なに赤くなってんだよ」と茶化される。「暑いの」「クーラー入れてあんだけど」「そーですね」私の返答にクツクツと笑うと、右手のピアッサーがきらり、光る。なんだか少し怖くなってきた。右耳に開けたときは興味本位で自分であけたのだけど、痛みもなにも知らなかったから、怖くなかった。でも今は、怖い。開けたあとのあのジンジンとする感じを思い出し、すこし鳥肌がたつ。カシャ、ピアッサーが左耳にセットされる。

「いくぞ」
「…ん」

 わたしの返事とともに、バチンと大きな音が響いた。小さな痛みに顔が歪んだ。

「あー今の顔いいわ」
「は?」
「ヤってるときの顔みてーだった」
「ばか」

 そう言うと、大輝は鼻で笑ってジンジンと痛む耳たぶつかんだ。ひっ、と息を呑むと彼の顔が愉快そうに崩れる。わたしのリアクションがおもしろいのか、優しく、たまに強く、耳たぶをいじる。

「ちょ、やめ、」
「てかよ、」

 わたしの言葉に聞く耳も持たず、彼は言葉をさえぎる。じこちゅーなんだから。もう慣れたけど。大輝は耳たぶから手を離すと、両手でわたしの腰を引き寄せた。もともと足を伸ばしていたから、ちょっとずれたら寝たような体制になる。あら、やばいかもしれない。起き上がろうとすると彼の手がわたしの肩をソファに押し付ける。顔を近づけて、左耳にキスをされた。ぴくり、体が動く。そのまま、耳元に唇を寄せたままの大輝にどいて、と声をかける。これじゃあ、と大輝の息が耳にかかる。文句でも言ってやろうと大輝を睨むと、きらり光る青色になにも言えなくなる。

「セックスんときに耳たぶ噛んだりできねぇんだけど?」

 ばか。
 大輝の唇に噛み付いた。

12.07.05