お話 | ナノ

 七月七日が終わる一時間前。携帯に映し出される番号をながめて、ながめて、ながめて。かける勇気がでないまま。しかしこれではいけない。彼女として、今日は連絡をとらないでいた。きっと彼は意外と落ち込みやすいツンデレちゃんだから、私から一日連絡がこなかったと思い悩んで泣いてしまっているかもしれない。大げさだ、泣いてはいないだろう。しかしきっと、気にしてはいるだろう。もしかしたら忘れているんじゃないか、と考えているかもしれない。七月七日、23時。ディスプレイに映し出された通話ボタンに触れた。

「もしもし、」

 ワンコールで繋がった彼に、私はかすかに笑みを浮かべた。待っていたのだろうか。それともたまたまだろうか。どちらにせよ、彼の声からすこしだけ安堵の色が見えた。安心している。忘れられてなかったのだ、と。ハロー、そう軽快にあいさつをすると、何のようだとため息をはかれた。つれないダーリン。

「今から真太郎の家行くから、外で待っててよ」
「ふざけるな、何時だと思っているのだよ」

 こんな時間に、出歩く馬鹿がいるか。少しの苛立ちをこめて吐き出された言葉は、私を心配してのモノ。ああもう、ツンデレなんだから。家にくるなとは言わないのね。すぐそこじゃん。私の言葉にそれでもだめだと聞かない。幼馴染の私たちは歩いて1分もしないところに住んでいる。たしかに時間は遅いが、この住宅地を歩くだけなら危険は少ない。ツンデレダーリン。そう言うと茶化すなと怒られる。

「…俺が行く」
「え、」
「俺が行くから、玄関で待っているのだよ」

 そう一方的に告げられ、通話は終了した。ツー、ツーと耳から聞こえる機会音に、え? と問いかけてみたものの、返答はなし。来るって言ったら絶対来る男だ。慌ててクローゼットからカーディガンを取り出して、ルームウェアの上に羽織る。ショートパンツだが、寒くはないだろう。季節はもう夏だ。階段を駆け下りると、親が階段をあがろうとしていた。おやすみ、と声をかけるとあんたも休日だからって夜更かしするんじゃないわよ、と言われる。二つ返事でさらりと流す。クロックスに足を突っ込み、玄関から飛び出した。

「し、真太郎…!」

 もうそこには真太郎が立っていた。ジャージにTシャツ、その上に同じようにカーディガンを羽織っている。ラフなのになんでこんなかっこいいの。バスケだけじゃなくて、男としてもチートだなぁと思う。

「どうしたのだよ。こんな時間に呼び出して」

 呆れたようにため息を吐くくせに、その表情はなんとなく穏やかで。

「しんたろ、」
「ん?」
「誕生日おめでとう」

 その言葉に、真太郎が顔を隠すようにメガネを押し上げた。よく見ると、テーピングが施されていない。降ろされたその左手を両手で掴む。決して振りほどかれることはない。そして、そこに唇を落とす。彼を見ると、耳を赤くして私を睨んでいた。思わず笑みを浮かべた。

「生まれてきてくれてありがとう。私を彼女にしてくれてありがとう。だれよりも努力家で、だれよりも負けず嫌いで、自己中心的だって言われるけど、私のことを一番に考えてくれる。そんな真太郎と出会えてよかったよ。来年もこうやって、一番最後にお祝いさせてほしい」

 ゆっくりと、それでいてはっきりと伝えると、どんどん彼の顔が赤く染まっていく。嬉しい。優越感が私のなかをみたしていく。ああ、好きだ。そんな顔を見せるのも私だけにしてね? そう言ってもう一度左手の指にキスをする。彼のすべてが愛おしい。すると真太郎が右手で私の頭を撫でた。

「来年だけなのか」

 来年だけしか、祝ってくれないのか?
 赤く染まった頬をわずかに緩ませて私を見てくれる。ねぇ、そんなこと言っていいの?

「来年も再来年も、ずっと、ずっとお祝いさせてください」
「なんだか、プロポーズみたいなのだよ」

 彼が腰を折って私にキスをする。ねぇ、ずっとずっと、一緒にいていいの? 本当に、離してなんかあげないんだからね。大好き。離れた唇を動かすと、彼はまた笑う。

「俺は愛してる」

 知ってるよ、真太郎。

12.07.07
Happy Birthday