お話 | ナノ


 すっかり枯れ果てた並木道を歩いていると、ふいに肩を叩かれた。とんとん、とリズミカルに叩かれたので、女友達だろうかと思いながら振り向くと、そこには想像もしていなかった人が立っていた。私よりも背が高く、細身で、赤い髪の毛をした、彼が立っていた。

「赤司!?」
「久しぶり。偶然だね、こんなとこで」

 にこやかに片手をあげる赤司に、目をまん丸にしながら「え、超久しぶり!」と高いテンションで手を握った。彼はそんな私を見て変わらないねと目を細めた。
 中学、大学と共に過ごしてきた同級生だ。それにその美貌、忘れるわけもない。赤司は大学卒業後、自分で会社を立ち上げると言いふらりと消えてしまったのだ。実際、しばらくして彼の名前をよく聞くようになったのだけれど。
 今日はもう仕事も終わりだと言う赤司くんに「飲まないか?」と誘われ、私は笑顔で賛同した。彼と二人で飲みに行くことなど、今までなかったから新鮮だ。私も明日は午後出勤だし、少しくらいハメを外しても怒られないだろう。無論、怒られる相手なんて会社の上司くらいしかいないのだけど。



 彼との会話は久しぶりだと思えないくらいスムーズで、気を使うこともなかった。話題に上がる青峰や紫原の面白いエピソードをたくさん懐に隠し持っていた彼に、私は腹筋が痛くなるほど笑わせてもらった。
 大人になるというのは、つまらなくなるだけではないのだと、いつかの自分に教えてあげたいものだ。大人になりたくないと駄々をこねてばかりいた高校生のころが、ひどく懐かしい記憶になっていることにも驚いた。もうそんな歳になったのか、と。

「明日は仕事?」
「うん、午後出勤なんだ〜」
「へー、そうかい」
「赤司くんは?」
「ん? 秘密」
「なにそれ〜!」

 あー、酔ってるな、とどこか冷めた様子で自分のことを見ていた。彼は頬を赤らめることなくつまみを食べていた。対して面白くなくても面白いし、楽しくなくても楽しいのだ。どくどくとアルコールを摂取した身体は血の巡りを早くする。鼓動が速くなる。もうすぐお開きになると、空気で悟った。
 赤司くんはボトルをキープして「また一緒に来たときに」とさりげなく私を誘ってくれた。むずむずとした感情を押さえつけて蓋をして、出来るだけ大人びた笑みを貼り付けた。あーあ、とわけのわからない後悔みたいなのがどっと襲いかかって来た。何に対する後悔なのか、さっぱり検討もつかないけれど。大人になっても、感情というものは難しい。
 お手洗いに行っている間に会計は済んでいて、酔いはさめるどころか回る一方だった。せめて3分の1でも、という私の言葉に首を振り、男を立たせるべきだろう? と言われてしまえば、口からはもうお礼しか出てこない。すっかり大人の色香を纏い微笑む姿は、昔からは想像も出来ないほど魅力的だった。こんな風になるなんて、きっと誰も思っていなかっただろう。中学高校の彼は少しだけアブナイ感じがしたから。
 さりげなく、本当に自然に左の腕を差し出され、私は疑問を抱くこともなくそれに自分の右腕を絡めた。そうするのが当然だという振る舞いに、彼も私も何も言わずに歩き出す。すれ違う人たちもカップルばかりで、なんだか妙にそわりとした。
 ピンヒールの私に合わせるように歩いてくれる赤司くんに、心の中でお礼を言った。今日はいい日だった。そう考えていると、足が駅とは違う方向へ動いていることに気がついた。けれど、私は無言で彼の腕を抱いていた。大人になるというのは、つまらないことばかりじゃない。

「明日は午後からって言ってたよね」
「うん」
「ここから僕のマンションまで5分くらいなんだけど」
「うん」
「良かったらおいでよ」
「……うん」

 妙な駆け引きなんて一切いらないのだ。ミットのど真ん中、ストレートを投げてくる。

「一人暮らしだから、生活感のカケラも見当たらないところだけど」
「はは、赤司くんらしくていいんじゃない?」
「それは……褒めてるのか?」
「褒めてる褒めてる」

 選ばれたのだと、思ってもいいだろうか。誰でも良かったわけではないのだと。
 今日、あんな並木道で偶然出会ったのも、そこから私の職場が近いのも、オススメの居酒屋の雰囲気が良かったのも、そこから彼の家まで徒歩5分ほどだということも。ただの偶然ではなく、必然……もしくは、“そうなるようになっていた”のだと、思いたい。
 彼の白い肌に触れるのだと、もうすぐ行われる行為について考えれば、酔いとは違う何かが身体中を駆け巡りカラダを熱くする。
 ポケットから取り出したスマートフォンに映し出された時間は、0時17分、12月20日。言わなければいけない言葉を喉の奥に堰き止めた。この言葉は、彼の部屋に着いてから言うことにしよう。




12.12.20
Happy Birthday.
企画:赤い糸と紡んだアイビー様へ提出