お話 | ナノ

 別に会いたくなったとか寂しくなったとかではなく、ただ単に声が聞きたくなった。それだけだった。
 携帯のディスプレイに映しだされた着信履歴に並ぶ名前に少しだけ安心する。こうやって過去を見て、彼と話していたことを思い出す。学校に行けば会えるのに、それでもたまに、どうしても声が聞きたくなってしまうんだ。今日だって目を見て話したばかりなのに。メールも電話も、マメにするタイプではないのに。彼にはそうさせる魔力みたいなものでもあるのだろうか。
 名前に触れれば、たちまち通話の画面に切り替わった。
 壁にかけてある時計は日付をまたぐ前だったが、もう遅い時間だ。彼は無視をするかもしれない。寝ているかもしれない。そんなことを考えながら受話器に耳を当てて息を潜めた。やたらと心臓の音がうるさく感じてしまい、ごまかすように「ひゅうが」と小さく名前を呼ぶ。
スリーコールの途中で、ぶつりと音が途切れた。

「……寝たかと思った」
「もう寝るとこだったわダァホ」

 その言葉に、口角が釣り上がっていくのがわかった。ぼふんとベットに倒れこんで「ごめんね」と小さく謝罪をすれば、「笑いながら言うんじゃねーよ」と怒られた。なんでわかるんだろ、笑ってるの。日向はすごい。愛の力ってやつだろうか。
大きな画面に映し出された名前にだって心臓がきゅんと締め付けられる。この機械は今、確かに、私と日向を繋いでいるのだ。電波という赤い糸。私から彼へ一直線へと伸びている。頑丈で太く、切れない糸ならいいな、と思った。
 日向はため息を吐いて「今日はなんだ」と要件を急かす。

「声聞きたくなっちゃった」
「……おっまえ、なぁ」
「んー? ふふふ」
「あんま可愛いこと言ってんじゃねーぞ」
「んふふ」
「人の話をちゃんと聞けダァホ!」

 聞き慣れた暴言だって、私からしてみたら愛の言葉以外になり得ない。ねぇ、と声をかければ、優しい日向も同じように声を潜めて「ん?」と言葉を返してくれる。吐息の混じったその声に耳がくすぐったくなる。日向の声が、とても好きだ。きっと、日向だから好きなんだろうとは思う。

「……ひゅうがー」
「あんだよ」
「……えへへ」
「笑ってんじゃねーよダァホ」
「んー、もっと言って」
「お前、たまにMだよな」
「日向にだけね」
「そうしとけ」

 電話越しのちょっと機械的な声じゃなくて、本当の声が聞きたくなってしまうのもいつものこと。彼の言葉一つ一つを頭の中にずっと置いておきたい。記憶して、永遠に保存しておきたい。
小さな声で名前を呼べば、日向は小さくため息を吐いた。

「……早く寝ろよ。明日会えんだから」

 ああ、その掠れた声を、直接耳に囁いてほしいよ。目を見て笑って、薄い唇を耳に寄せて私の名前を呼んでほしい。声一つで、私はいつでも泣きそうなほど好きだと思い知らされる。

12.12.10