お話 | ナノ

 大学生活も落ち着いてきて、私と黒子の関係もだいぶ緩やかで、穏やかになってきた。お酒も飲めるようになったので、週に一度私は彼のこじんまりとしたどこか懐かしい雰囲気のアパートにチューハイを持っていく。夕飯は火神から教わったレシピをもとに作ってくれる。ゆで卵しか作れなかった彼は、もう彼の中にはいない。大人になってしまった彼の腕に抱かれながら思い出すのは、いつだって高校のときの彼だ。瞼の裏に頑固にこびりついたあの細い腕や、ふくらはぎ。思い出して、比べて、そしてまた大人になったと納得する。
 同じベッドで寝るのも、これでもう何度目だろうか。ベッドに入り、後ろから抱きしめた状態でさりげなく私の服をまくる。彼のひんやりとした手が素肌に触れ、あまりの冷たさに驚くこともなくなった。真っ白で骨ばった彼の手に応えるように、自分の手を重ねた。

「名前さんの手はいつも暖かいですね」
「……黒子が冷たすぎるんじゃないかな」
「普通ですよ」

 耳元が囁かれる彼の声にぶるりと身体を震わせると、彼は小さく笑う。「ほんと、好きですね」と、まるで私のことが全部わかってるような態度に首だけ横に振る。そんなことをしたって、嘘をついていることはばれてしまうのに。身体を覆うのは一枚の布だけ。彼はゆっくりと柔らかな膨らみに手を這わす。冷たさに、鳥肌が立つ。「寒いですか?」と、彼はまたわざとらしく耳元で喋る。私は首を横に振った。
彼の声が、言葉が、じりじりと私を追い込んでいく。理性の糸を引っ張って、彼は欲にまみれた瞳で私をみる。声を漏らさないように息を飲み込めば、反り返るうなじにくちづけが与えられる。もう千切れそうな糸を、私は必死でたぐり寄せる。だめ、やだ、待って。拒否の言葉を述べて、下着の中へ入り込もうとする彼の腕を掴んだ。しっかりと腰に巻き付けられた腕だって、初めて身体を重ねたときよりも少しだけ太い。
 ショーツの中で感じる彼の体温に、また身体の奥が悲鳴をあげる。どろどろに溶けた感情があふれ、羞恥が募る。自分でわかるほど溶けたはちみつみたいなソレを黒子の指が掬い上げるように撫でた。

「すごいですね」

 何がなんて言わない。何がなんてわからない。私はまたさっきと同じように嫌だと首を振る。黒子はそんな私の頬にキスをするのだ。だだをこねる子供を黙らせるみたいに。大人しくしていなさいと言うように。彼は優しくて、同時にすごく意地悪だ。いいや、私は快楽に対して素直でないから、きっと意地悪だと思ってしまうんだろう。まるで私に確認させるように動く指先に腰を揺らすと、黒子は私の身体を反転させて、仰向けにさせた。彼は掛け布団を端においやって、私に覆いかぶさる。わずかに赤くなった頬が色っぽくて、私は生唾を飲み込んでその頬に手を伸ばした。

「くろこ、」
「わかってますよ」

 私のことなどなんでもお見通しな彼は、私が望む通りにキスをしてくれる。肉厚な舌が私の口内を弄んで、望むままに唾液をくれる。こんなにも熱いのに溶けないのは凄いなぁと、阿呆みたいなことを考える。脳に直接響くようないやらしい粘膜がこすれ合う音が、ビリビリと脳をしびれさせていく。この感覚が、好きなのだ。
 乱れる息遣いを感じながらうっすらと目を開けると、同じように私を見ている黒子がいた。欲求を抑えずに溢れさせ、私に欲情している彼を見て、また身体の奥が悲鳴を上げて溶けていく。彼の薄い胸板を押し返すけれど、もうすっかり力の抜けた私の腕では、彼をどかすことなど出来はしない。暖かくなってきた彼の掌が私の頬を撫でる。ほらそうやって、すぐに甘やかすんだ。

「……いやらしい顔、してますよ」

 そういう黒子も大概だ。けれどすでに快楽の波に溺れ、呼吸すらままならない私はその言葉に否定も肯定もできない。黒子はするすると私の身体を撫で、下半身を覆っている布を全て脱がした。外気に晒され、肌寒さに体を震わせる。それに気がついた黒子が「すぐ熱くなりますから」と言って、先ほどのように溢れ出る蜜に触れる。はしたないほど愛を溢れさせるその穴に感じる異物感に小さく声を漏らせば、目の前の彼は目尻を垂らして笑う。ああ、ほらやっぱり。私より彼のほうがよっぽどいやらしい。うねる壁をこすりあげていく骨ばった指に喉が震え、視界が霞む。口からはもう甘ったるい声しか出てこない。
 黒子は優しいから、念入りに奥へと指を進めていく。一本、そしてゆとりがうまれたら二本と指を増やしていく。もどかしい、けれど気持ちがいい。彼の首に腕を回して抱きついて、爪先に力を入れて襲い来る快楽に耐える。口を開けて声を吐き出し息を吸う。黒子のさらさらとした頬に、自分の頬をくっつける。彼の耳に舌を這わせると、ナカに入っていた指の動きがぴたりと止まった。私は千切れながら言葉を紡ぐ。

「もう、いいから、くろこ」

 そういえば、彼は指を引きぬいて、自分のズボンへと手をかけた。私は彼の首から離れ、ベッドに仰向けになる。ベッドサイドに置かれた小さな箱に、私のリップとコンドームが入っている。彼はボクサーパンツを下ろすと、その箱から一つ取り出し、丁寧に手で封を切った。彼らしいその丁寧さが、すごく淫猥に見えてしまうのだ。彼の誠実さとセックスが、結びつけ辛いからだろう。
 火照った身体が熱く、思考回路は正常に機能していない。はやく、はやく。脳も身体も心も、彼を求めて止まない。溶けきった穴にすっかり硬くなったものを押し当てて、ゆっくりと奥へと進んでいく。慣れた圧迫感に息を詰めれば、黒子が私の口に親指を差し込み、「息をしろ」と小さく言った。崩れた敬語、苦しげな表情。溜まっていた熱をすべて吐き出すように、大きく息を吐いた。
 何度やっても慣れないのだ。子供のような態度を取ってしまう。もう当たり前になった大人の行為を、子供のように繰り返す。

「わたしたち、さ」
「はい?」
「大人に、なったよね」

 埋め込まれたパーツは、ぴったりと私に埋め込まれる。それが当たり前だと言わんばかりにぴったりと。黒子は私の言葉に小さく笑いながら「はい」と言った。
 あの時より短くなった髪の毛や、太くなった腕に、わずかながら伸びた身長。大人になりたいと言うたびに子供だと思い知るように、あの頃を思い浮かべれば、自分たちがいかに大人になってしまったのか、思い知る。いつ大人になってしまったのだろう。彼と初めてセックスしたときだろうか。大人への階段は、ひどくわかりづらい、上り坂のようなものだった。登っている自覚がわかないほど、ゆるやかな上り坂。歩きづらい道だと文句をたれながら、休むこともなく歩いた。
 もう限界です、と動き出した黒子に応えるように、私は笑う。その余裕はすぐに捨てることになったけれど。枕をぎゅっと握りながら、彼から与えられる刺激を受け止める。お互いにむさぼるように体を動かして、声を上げて。中途半端に捲り上げられた服すら気にしている余裕はなかった。薄暗い視界の中で、彼が切なげに顔を歪めているこの光景が、すごく好きで、大切な瞬間だと思った。私の中に彼はいるのに、彼の中に私はいない。それがとても可笑しい。

「名前、さん」
「ん、」
「もう僕、やばい、です」

 うん、と私は頷いた。そして、なにかがはじけたように頭が白くなる。真っ白に塗りつぶされた思考回路の片隅で、黒子はふるりと身体を震わせた。私と黒子を隔てる薄い膜の中に溜まった熱を吐き出し、彼はゆっくりと息を吐いた。さきほどよりも質量を失ったそれを私の中にいれたまま、彼は私のお腹を撫でた。
 私は何も言えなくて、目を閉じた。愛おしそうに私のお腹を撫でる彼に、なんと声をかけるのが正解なのだろうか。すっかり大人で、まだまだ子供の私には、回答する優しさも度胸もない。私の中にまだ存在している彼を感じながら、ベッドの脇に置かれた彼の手を握る。彼の手は、まだ温かかった。


12.11.30