お話 | ナノ

 隣のクラスの女子が、綺麗にラッピングされた袋を持ち、私のクラスで右往左往している。その顔は少しだけ緊張が滲んでいて、笑いそうになるのをこらえた。私の隣の机を見ながら「どこに行ったか知ってる?」と聞いた女の子に「いいや、知らない」と答えると、その子は肩を落としてクラスから出ていった。
 休み時間が終わる間際、隣の席の高尾和成が帰ってきた。さっきの出来事を話せば、表情を変えることなく、無表情のまま、ほんとうに一ミリも表情筋を動かすことなく、「あーまじか」と言った。私はなんてひどい男だろう、と思いながら机の中から教科書を取り出した。

「なに、ファンの子?」

 私の言葉に「そーじゃね」と無愛想に答えると、「次なんだっっけ?」と首を傾げた。興味ゼロらしい。彼はやはりバスケしか見ていないのか。私は取り出した教科書の表紙を彼に見せる。彼は、現代文誰かに貸した気がすんなぁ、とぶつくさ言いながら机を漁る。
私は黒板へ向き直り、さっきの女の子を思い出す。肩で切り揃えられた重めのボブで内巻きにされ、分けられた前髪からは綺麗に書かれた眉が見えた。厚すぎない化粧にけばくない睫毛。どれをとっても完璧ではないか。私はペンケースからシャーペンを取り出して、カチカチと芯を出す。高尾は机から教科書を取り出した。貸してなかったみたいである。

「いいなぁ、私もファンから突然差し入れとか欲しいんですけど〜」
「差し入れっつーかプレゼントな」
「は? プレゼント?」

 カチリ、ペンを押すのを止めて高尾を見れば「はぁ?」と眉間にシワを寄せられた。

「俺誕生日なんだけど」

 その言葉に、今度は私が「はぁ?」と言った。なにそれ全然知らなかった。私が「まじ?」と聞けば、高尾は「大まじだわ馬鹿」と言って私に消しゴムを投げた。monoを顔面でキャッチするまえに、右手で受け取った。でこぼこになって使い古されたそれを見ながら、もう一度「まじか」と言った。

「え、今日?」
「今日」

 高尾は特に言いたいこともないのか、鼻歌を歌いながら私の顔を見ていた。思えば仲良くなって数ヶ月、お互いの誕生日を言い合ったりなどしたことはなかった。知らなくても当然だ。というか、メアドすら知らない。私は消しゴムを高尾の机にそっと置いた。
 けれど、彼はトモダチだ、と私は思っている。数少ない男友達だと。まだ今日が終わったわけではない。お祝いならできる。せめて気持ちだけでも。お昼ごはんをおごるくらいなら、私にだってできる。「誕プレ、なに欲しい?」。そう聞くと、高尾が笑った。

「くれんの?」
「女友達代表として」
「代表って、お前しか女友達いねーんだけど」
「いーからいーから、なにほしい?」

 そう言って、身体を高尾の方へ向けた。背もたれに肘を置き、椅子に横向きで座る。高尾も同様に、私の方へ身体を向ける。教室で向かい合う男女を、まわりはとくに気にした様子もなく談笑している。高尾は無表情のまま、私の目を見ている。それから大きな息を吐いて、頭を下げた。

「ずっと」
「ん?」
「ずっと、がほしい」

 伏せた頭を、私はじっと見ていた。つむじを、髪の毛を、一本一本食い入るように見た。彼の見えな表情を見ようと、一生懸命彼を見た。彼は顔を上げようとしない。
 がやがやとしたクラスの喧騒が、遠くなった気がした。意識が高尾だけに向けられているような感覚。顔を伏せたまま、背もたれの縁に肘を置いて、首筋を掻いた。「今日寒いね〜」とのんきに会話する女子高生の声だけが、やけにハッキリと聞こえた。あと二週間もすれば師走になる。走るように、今年が去っていく。教室のヒーターがごうごうと温風を撒き散らすくせに、私の爪先はつめたく悴んだままだ。唇だって、凍りついて動かない。

「ずっと、このままバスケしてーなぁ」

したらいいじゃん。そんなこと、言えやしなかった。

12.11.21