お話 | ナノ


 笠松はこんぺいとうが似合う男だ、と私は思う。小さく儚いこんぺいとうは、噛めば硬く強いのだ。お星様のような可愛らしい見た目に騙されれば痛い目をみる。けれど、噛んでみればシャリシャリと口の中で溶けていく、優しいお星様。溶けて砂糖になった星を、もう一つ手にとった。袋から青いこんぺいとうを部屋の電気にかざしてみたけれど、輝きはしなかった。
 笠松はタオルで髪の毛の水分を飛ばしながら部屋へと戻ってきた。私は手に持っていたこんぺいとうを口の中に入れ、ゆっくりと溶かす。上半身を起こし、ベッドの縁から足を出して座った。さっきまで寝転んでいたせいで、シーツにはシワが寄っている。スウェットを着た笠松は、ゆっくりとカーペットの上に座り込んだ。足元に置かれた身体を眺めながら「髪の毛拭こうか」と声をかける。

「あー、おう。頼むわ」
「タオルかーして」
「ん」

 肩に掛けられていたスポーツタオルを受け取って、彼の身体を自分の足の間に収めた。身長差があるせいで、ベッドに腰掛けていてもそんなに彼の頭は低く感じない。スポーツタオルを広げ、彼の頭を包み込んだ。壁にかけられたシンプルな時計を見れば、時刻はすっかり深夜へと足を踏み入れている。音のしない秒針はゆるやかに進み、時を刻む。
 私はスポーツタオルで、彼の意外にも柔らかい髪を拭いた。短い黒髪は艷やかで細く、私はこの髪がすごく好きだ。自分の髪の毛でもないのに愛おしく思う。ふんわりと香ってくるシャンプーの香りが、今までのものと少し違い首を傾げる。笠松のつむじを眺めながらそっと頭をなでる。

「シャンプー変えた?」
「知らね。お前が言うなら変わったんじゃねーか」
「そっか」

 笠松の家は家族皆おなじシャンプーを使っている。詰替え用を使っているボトルにいれるため、変わったことがわからないのだ。もともと笠松は、洗えるならなんでもいいという人間だ。色が変わろうが匂いが変わろうが関係ないのだろう。
まだしっとりとしている髪の毛をゆっくりと撫でていると、笠松が「飽きねーな」と言った。私はいつもこうやって彼の髪の毛を拭いて、乾かし、触れる。「飽きないよ」と、私は言った。
 ベッドの端で小さく佇んでいるこんぺいとうをちらりと見て、笠松に食べるか聞いてみたけれど、彼は首を横に振った。甘いモノが嫌いなわけではないけれど、ただの砂糖だから食べたくないと言う。ただの砂糖。まぁ確かにそのとおりだと頷いた。彼の髪の毛からしっかり水分を取れたか、指で梳かしながら確認する。

「美味しいのになぁ」
「じゃあ全部食えよ」

 このこんぺいとうは、彼の妹が買ってきたものだ。少し歳の離れた可愛い妹は、久しぶりに見たこんぺいとうに思わず懐かしくなり三袋ほどかってしまったらしい。「これ名前ちゃんにもあげるよ」。そうやって笑う彼女は、どことなく彼に似ている。私はお礼を言って、その袋を受け取った。
 小さな袋にたくさん押し込められていた星たちは、私の胃の中へ流れていった。袋にはあと少ししか残されていない。彼の髪の毛から手を離すと、彼は顔を上げて私を見た。こんぺいとうの袋を手に取り、ひとつぶ取り出した。赤色のそれは口に含むと、からりと歯にあたった。笠松は携帯を見ていて、もう私のことは見ていなかった。私は彼のつむじをトントンとノックする。

「かさまつ、」
「あ?」
「ちゅーしよ、ちゅー」
「はぁ!?」

 くるりと振り向いた笠松のかさついた唇に、リップを塗った唇を押し付けた。彼は目を見開いたあと、諦めたように目を閉じた。うっすらとあいた扉をこじ開けて、部屋に入る。もう何度も味わった笠松の口内に、お星様を一つお土産に置いていった。離れ際にちゅっとわざとらしく音を立ててキスをすると、笠松が私の頭を軽く叩いた。

「いたっ」
「なにしてんだおめーは」

 前歯でこんぺいとうを挟み、私に見せる。とげとげが溶けて、まぁるくなった。二人の唾液に塗れ、てらてらと光るそれは本当にお星様のようだ。笠松はそれを口の中に引っ込めて、がりんと噛んだ。やはり彼にはこんぺいとうがよく似合う。私の考えは間違っていなかった。彼は眉間にシワを寄せて口をもごもごと動かした。

「あー……この食感がな」
「きらい?」
「好きじゃねー」

 ゆっくりと腰を上げると、ゆっくりとベッドの上に座った。人よりも凛々しい眉が、優しく弧を描いていた。彼は私の腕を引いて、同じようにベッド上へと誘う。私はされるまま胡坐をかく彼の膝に座った。投げ出された自分の足が、阿呆みたいで面白い。向かい合った彼は、一粒だけこんぺいとうを持っていた。私が首を傾げると、彼は私の唇にそれを押し当てた。冷たくゴツゴツしているお星様片手に、笠松は笑う。

「……溶けるまでやってみねぇ?」

 悪戯っ子のような無邪気な笑顔に、どうしようもなく胸が締め付けられ、そして恥ずかしくなる。私たちはもう、子どもじゃないんだと思った。それはとても素敵な事実だけれど、とても悲しい現実だ。私はこんぺいとうを押し付けられたまま、ぼそりと唇を教わった動かした。

「私たちも溶けちゃいませんか」

 たった一言、誘うように小さく吐き出した言葉を抑え込めるように笠松は私の口にこんぺいとうを押し込んだ。からり、口の中で音がする。笠松は少しだけ目尻を赤くして、「最初からそのつもりだっつーの」と言った。ああ、もう、本当に可愛いんだから。

12.11.14