短編 | ナノ


▼ 希望



鶴丸国永は、いっとき神社にいた。霊社と呼ばれるような、霊験あらたかな社である。

社にいたころ、鶴丸はひとりの少女に出逢った。
その記憶は後の永きに渡る退屈な時間のなかで、類まれな輝きを放つものだった。

そして数奇なる運命によって、二人は再び巡り会う。



輪廻の果て、気の遠くなるような時の流れの行く末は、いかなるものであろうか。



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鶴丸国永は、神社のなかでそれなりに愉快に暮らしていた。

神社には多くの人が参拝に訪れる。参拝者の行動を観察したり、ときには悪戯をしかけてみたりと、なかなか楽しみはあったからだ。

なかには馴染みの者もいる。神主や巫女はもちろんのこと、毎朝拝みに来たり掃除をしにきたりする常連もいた。

毎日来るような信心深い暇人は年寄りばかりだが、なかには女のわらべの姿もあった。
もっとも、わらべの真の目的は参拝ではなく絵を描くことにあったわけだが。

鶴丸はわらべの描く絵が好きだった。単調な白黒であるにもかかわらず、わらべの絵には不思議とみずみずしいほどの生命力があったからだ。鶴丸は、わらべの使う筆にもきっと神が宿っているのだろうと思った。

また、わらべが神に語る日々の出来事も、境内の外へは出ることが出来ない鶴丸の好奇心をおおいに刺激した。


いつしか、鶴丸はわらべが訪れるのを心待ちにするようになった。


鶴丸はわらべが境内に足を踏み入れたのを感知するとすぐさま飛んでゆき、わらべが帰るまで隣に腰掛け、わらべが絵を描くさまをながめたり、ふっくらとした頬をつついたりして戯れた。
春はともに花見をし、夏は木陰に寄り添って眠った。
秋にはわらべの頭に積もった燃えるような紅葉を吹き飛ばし、雪の降る寒い冬の日には、わらべの小さなからだを凍らすことがないように後ろから抱きかかえた。

むろん、鶴丸の姿がわらべの瞳に映ることはない。
その慈しむような眼差しも、己の頬で遊ぶ指先も、わらべは知らない。
しかし不思議なことに、冬の日のぬくもりだけは、たしかにわらべに届いた。




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不平等に溢れている世の中で平等なのは時だけだと、誰かが言った。
しかし、それすらも当てはまらない。神である彼には。


やがて、わらべは少女へと進化した。

烏の濡れ羽色の髪を、地につきそうなほど長く垂らした少女がそっと手をあわせる。白魚のような手を見て、鶴丸はふくふくした紅葉の手のひらを懐かしく思い起こす。


「殿方と結婚することになりました。もう、ここに参拝することもないかもしれません。遠くへ、行きますから」

目を伏せたまま、身じろぎせずに祈る少女の細いからだを鶴丸はそっと抱いた。硝子を取り扱うように、優しく、繊細に。

少女は鶴丸に気づくことなく、祈り続けている。

届くことはないと知りながら、鶴丸は少女の耳元で囁いた。

「幸せに、なれよ」




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過ぎてみれば、それは鶴丸にとってまばたきほどの短い時間であった。

しかし、わらべとの日々は鶴丸の心を柔らかく照らす光としてずっと存在していた。



そして時は流れ、西暦2205年。




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ながい眠りから覚めたようだった。


目を開けると、広い畳の間に立っていた。ひとまず高下駄は脱ぎ、縁側へ出て庭に置いた。

そして、前もって教えられていた審神者の部屋へ向かう。




やはり、最初が肝心だ。
挨拶代わりに審神者を驚かしてやろう、そう思い、障子戸に手をかける。

「鶴丸国永だ。どうだ、俺みたいなやつが来て驚いただろう?」

高らかに名乗りながら、勢いよく障子を開ける。


驚いて目を丸くした己の審神者の顔を見て、鶴丸は満足げに頷くーーと、思いきや。

なんと、鶴丸も目の前の主と同じように黄金色の目をまんまるく見開いていた。


その満月のような瞳に映った審神者が、あの少女と瓜二つだったからだ。

髪は、あの頃の彼女よりも、だいぶ短く、肩甲骨のあたりで切り揃えられている。

黒目がちの瞳も、白い肌に映える赤い唇も、忘れ難い記憶と一致している。



審神者は小さく声をあげて笑った。

「なるほど、鶴丸国永はサプライズが好きだと聞いていたのだけれど、本当だったみたいね」

そう言う声もあの少女そのものだ。鶴丸は放心状態となってしまった。ただ、少女の顔を見つめる。

「わたしが今日からあなたの主の名字名前です。よろしくね、鶴丸」

笑うと、頬が上がってふっくらと柔らかい顔になる。唇の横にあるえくぼも、やはりあの少女のそれだった。




鶴丸は思う。
悠久の時が経ったのだ。
あの少女にふたたび巡り合ったとしても、不思議ない。



鶴丸は、だらりと横にのばしていた腕をおもむろに上げた。握手かと思い、審神者も手を伸ばす。しかし、その白魚の手は空で彷徨うことになった。

鶴丸の骨ばった手のひらが、名前の頬に当てられている。驚き、固まった審神者に鶴丸は言った。

「やっと、会えたな」


やっと、とはどういうことだ。
尋ねるよりもはやく、彼は名前の身体を包み込むように抱きしめる。

そのとき感じたぬくもりに、名前は叫び出したいほどの懐かしさを感じた。それは必然だった。


「さあ、今度はどんな景色を見せてくれるんだ?」

耳元で囁いた言葉は、彼にとって希望だ。



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