プロローグ02(月並誠司)


月並誓司(ツキナミセイジ)という男は、その名が示す通り、非常に平凡な男であった。……とあることを除けば。
8月14日、千葉県某所。今日も今日とて仕事に追われる月並は、本日も慌しい朝を迎えた。もぐもぐと慌ただしく食パンを咀嚼し、コーヒーを飲み込む。そのまま誰に言うでもなく、行ってきますと呟き、家の鍵をしっかりと締めて早足で歩き出した。少し急げば一本前の電車に乗って一息つけると考えたのだ。元々ちょっと早めに出社出来るように電車に乗っているので、この調子で行けば一本前の普通でも間に合いそうだ。
ぴ、と定期券をかざし、改札を通り抜けてエスカレーターを登る。ホームに着いたところで周りを見渡せば、もう電車が来ていた。種類を確認、普通。よし、とひとつ頷いて電車へと乗り込む。電車内に人はまばらで、誰も彼もが眠そうだ。その様子を目に入れた後、ぼんやりと近場の座席に腰を落ち着けると、鞄から本を取り出す。ブックカバーで題名が見えなくなっているソレは、月並が今一番ハマっていると言っても過言ではない小説であった。
実はこの小説、元々気になってはいたのだが、外国小説だし、割と高値で売られていることもあって、手が出し難く、購入を渋っていた。のだが、最近翻訳版を発見。値段も手頃だったので、つい買ってしまったのだ。
うきうきとした気分でページを捲る、タイトルは"クトゥルー神話~鮮やかなる混沌~"。やっと読めるのだと思うとつい頬が緩んでしまいそうだ。きゅ、と顔の筋肉を引き締めて翻訳者と作者の名前を見る。作者はハワード・フィリップス・ラヴクラフト(H・P・ラヴクラフト)。宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)の第一人者であり、タイトルにもある、"クトゥルー神話"を創造した人だ。そして翻訳者は文月冴。あまり聞き覚えのない名前だったので検索をかけてみたところ、どうやら翻訳の傍ら、ミステリー小説などを書いている最近人気のある作家のようだ。……そういえば、買いに行った本屋で特集されていたかもしれない。今度読んでみようか。
色々と考えながら次のページを捲る。期待しながら読み出した本編は、こんな一文から始まっていた。

"目を閉じると、いつでもそこに宇宙があった。"



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